卵黄とシロップだけの、天国のベーコン
トシニージョ・デ・シエロ
Tocinillo de cielo[toθiˈniʎo de ˈθjelo](スペイン語。小さな型で作ったもの。Tocinito de cielo とも) / Tocino de cielo(スペイン語。大きな型のもの)
- 発祥
- スペイン・ヘレスEspaña / Jerez de la Frontera
- 分類
- プリン(湯煎で火を通す菓子)
- 主材料
- 卵黄・砂糖・水(カラメル)
- 地方
- アンダルシア州 / カディス県
- 記録
- 1件
- 期間
- 2010
- 図版
- 5点





定義
トシニージョ・デ・シエロは、卵黄と砂糖でつくるスペインのプリンだ。牛乳も卵白も入れない。砂糖を水で煮たシロップに卵黄を混ぜ、カラメルを敷いた小さな型に流して、湯煎で火を通す。よく冷やしてから型を返すと、つやのある濃い黄色の塊が出てくる。大きな型で作ると、名前はトシーノ・デ・シエロ(tocino de cielo)に変わる。中身は同じで、どちらも「天国のベーコン」という意味だ。
由来
名前の「トシーノ(tocino)」は、豚の脂身やベーコンのこと。菓子がなぜ天国のベーコンなのかには、二つの説明がある。一つは見た目で、脂身のようにつやがあり、ぷるんと揺れるから。もう一つは材料だ。19世紀後半の手書きのレシピや、ポルトガルの同じ名の菓子の作り方には、本当に豚の脂を入れるものがある。
1869年、スペイン王立アカデミーの辞書は、「トシーノ(ベーコン)」の項に「天の(de cielo)」と付く菓子を載せ、卵黄と砂糖などで作ると書いた。天国や楽園のベーコンは、菓子とは別に、この上ないごちそうのたとえでもあった。同じ項には、そうした言い回しの一つ、「楽園のベーコンも、結婚した者には後悔のもと」ということわざも載っている。
生まれについては、シェリーの町ヘレス・デ・ラ・フロンテラの言い伝えがよく語られる。酒蔵がワインを澄ませるのに卵白を使い、余った卵黄が町の修道院に回って、修道女たちがこの菓子にした、という話だ。ヘレスの酒蔵 González Byass の古い帳簿には、1837年に月1,000個の卵を買い入れた記録が残る。ワインに卵白を使い、残った卵黄が菓子になったという話は、ほかのワインの産地でも語られている。
19世紀後半の手書きのレシピには、粉と砂糖の層に、卵黄とアーモンドと豚の脂をすり合わせた層を重ねる、いまとはまるで違う菓子が残る。いまと同じ作り方が出てくるのは、1894年にアンヘル・ムーロが出した料理書『El Practicón』。卵黄3ダースをシロップと合わせ、プリン型か小さな型で湯煎にかける。1914年の辞書の説明は「卵黄とシロップを、しっかり固まるまで火を通した菓子」で、いまの姿とそろう。
分布
この菓子といちばん結びつきが強い町は、いまもヘレスだ。町がスペインの美食の都に選ばれた2026年の2月には、地元の菓子職人たちがおよそ7,000個のこの菓子を作り、1個1ユーロで売る催しが開かれた。売り上げは、大麻(ハシシ)やお酒、スマートフォンなどへの依存に悩む、21歳未満の若者の支援に充てられた。
構造と製法
材料は、砂糖と水と卵黄、それに型に敷くカラメルだけ。砂糖を水で煮てシロップにし、卵黄と合わせる。型に流して湯煎にかけ、よく冷えるまで型から出さない。ムーロの時代は、固めた砂糖のかたまりを煮溶かし、シロップを布の袋で漉していたが、手順の筋は、いまと同じだ。牛乳を加えるふつうのプリン、フラン(flan)と比べると、目が詰まって重く、甘さもずっと強い。
バルセロナで食べたトシニージョ・デ・シエロは、とても濃厚で、甘さが強かった。同じ町で食べたクレマ・カタラナ(表面のカラメルを割って食べる、カタルーニャのクリームの菓子)は、フランスのクレーム・ブリュレより軽く、カスタードクリームに近い。同じ卵黄の菓子でも、重さはまるで違う。
変種と周辺
ポルトガルにも、同じ名の菓子トウシーニョ・ド・セウ(toucinho do céu)がある。こちらはアーモンドの粉と卵黄と砂糖を合わせて焼く菓子で、型に入れて湯煎で火を通すスペインのものとは姿が違う。豚の脂を入れる作り方も、いまに伝わっている。
スペインには、卵黄と砂糖を主役にした菓子がほかにもある。卵黄と砂糖を練って小さな玉に丸めるイエマ(yema)は、1747年に王家の菓子職人が書いた本に、もう作り方が載っている。卵黄を細い糸にして煮立ったシロップに落とすウエボス・イラドス(huevos hilados。糸にした卵)は、1611年の料理書に出てくる。日本の鶏卵素麺と同じ仲間だ。
文献の記録
| 年 | 記録 | 資料 |
|---|---|---|
| 19世紀後半 | 名前のついた最古の手書きのレシピ。豚の脂やアーモンド、砂糖漬けの果物の層を重ねる、いまとは違う菓子 | メディナ・シドニアの文人テブッセンが集めた、手書きのレシピ帳(ヘレスの料理史の研究者が報道で紹介したもの) |
| 1869 | 辞書に「天の(de cielo)」トシーノ。卵黄と砂糖などで作る菓子 | スペイン王立アカデミー『カスティーリャ語(スペイン語)辞典』第11版(原文を開く) |
| 1894 | 卵黄3ダースとシロップを型に入れ、湯煎で火を通す。いまと同じ作り方 | アンヘル・ムーロ『El Practicón』(原文を開く) |
| 1914 | 「卵黄とシロップを、しっかり固まるまで火を通した菓子」 | スペイン王立アカデミー『カスティーリャ語(スペイン語)辞典』第14版(原文を開く) |
観察記録
| № | 年月 | 町 | 所見 | |
|---|---|---|---|---|
| 01 | 2010.05(手書きの旅日記・著者への聞き取り) | バルセロナ | トシニージョ・デ・シエロを食べた。卵黄を固めたように濃厚で、甘さがとても強かった | 手書きの旅日記・著者への聞き取り |