郷土菓子

卵黄とシロップだけの、天国のベーコン

トシニージョ・デ・シエロ

Tocinillo de cielo[toθiˈniʎo de ˈθjelo](スペイン語。小さな型で作ったもの。Tocinito de cielo とも) / Tocino de cielo(スペイン語。大きな型のもの)

発祥
スペイン・ヘレスEspaña / Jerez de la Frontera
分類
プリン(湯煎で火を通す菓子)
主材料
卵黄・砂糖・水(カラメル)
地方
アンダルシア州 / カディス県
記録
1件
期間
2010
図版
5点
マドリードヘレス
スペインヘレス
マドリードヘレス
スペインヘレス
白い紙のカップに、上がすぼまった円柱形の、つやのある橙色がかった黄色の菓子が3列に並ぶ
図1紙のカップに並ぶトシニージョ・デ・シエロ。小さな型で作った、つやのある濃い黄色の塊(2009年10月、マドリードの菓子店 La Mallorquina で)写真:Tamorlan/ウィキメディア・コモンズ(CC BY 3.0)
古い辞書の段組みの切り抜き。TOCINO の見出しの下に、小さな大文字で DE CIELO、EL TOCINO DEL PARAÍSO, PARA EL CASADO ES ARREPISO の字
図2スペイン王立アカデミーの辞書(第11版、1869年)の「TOCINO」の項。「de cielo」は「卵黄と砂糖そのほかの材料で作る菓子の一種」。続けて「楽園のベーコンも、結婚した者には後悔のもと」ということわざが載るReal Academia Española『Diccionario de la lengua castellana』第11版(1869)751頁/イリノイ大学所蔵・インターネット・アーカイブ(パブリックドメイン)
白い壁の町並みの中に、切り石を積んだ丸い塔のような建物。手前の広場に車が止まる
図3ヘレスのエスピリトゥ・サント修道院。余った卵黄で修道女たちがこの菓子を作った、と語られる修道院(2011年8月)写真:Jerezplataforma/ウィキメディア・コモンズ(CC BY 3.0)
古い料理書の頁の切り抜き。TOCINO DE CIELO の見出しと本文の横に、取っ手のついた深い円筒形の型の版画
図4アンヘル・ムーロ『El Practicón』(1894年)790頁の「TOCINO DE CIELO」。卵黄3ダースをシロップと合わせ、絵のようなプリン型か小さな型に入れて湯煎にかける。「よく冷えるまで型から出さない」Ángel Muro『El Practicón』(1894)790頁/ボストン公共図書館所蔵・インターネット・アーカイブ(パブリックドメイン)
花の絵の皿に、直方体に切った黄色い菓子。上面と縁に赤茶色のカラメルがつやつやと光る。横にフォーク
図5大きな型で作って切り分けた、トシーノ・デ・シエロ。上は型に敷いたカラメル(2016年5月、スペインのレストランのデザート)写真:juantiagues/ウィキメディア・コモンズ(CC BY-SA 2.0)

定義

トシニージョ・デ・シエロは、卵黄と砂糖でつくるスペインのプリンだ。牛乳も卵白も入れない。砂糖を水で煮たシロップに卵黄を混ぜ、カラメルを敷いた小さな型に流して、湯煎で火を通す。よく冷やしてから型を返すと、つやのある濃い黄色の塊が出てくる。大きな型で作ると、名前はトシーノ・デ・シエロ(tocino de cielo)に変わる。中身は同じで、どちらも「天国のベーコン」という意味だ。

由来

名前の「トシーノ(tocino)」は、豚の脂身やベーコンのこと。菓子がなぜ天国のベーコンなのかには、二つの説明がある。一つは見た目で、脂身のようにつやがあり、ぷるんと揺れるから。もう一つは材料だ。19世紀後半の手書きのレシピや、ポルトガルの同じ名の菓子の作り方には、本当に豚の脂を入れるものがある。

1869年、スペイン王立アカデミーの辞書は、「トシーノ(ベーコン)」の項に「天の(de cielo)」と付く菓子を載せ、卵黄と砂糖などで作ると書いた。天国や楽園のベーコンは、菓子とは別に、この上ないごちそうのたとえでもあった。同じ項には、そうした言い回しの一つ、「楽園のベーコンも、結婚した者には後悔のもと」ということわざも載っている。

生まれについては、シェリーの町ヘレス・デ・ラ・フロンテラの言い伝えがよく語られる。酒蔵がワインを澄ませるのに卵白を使い、余った卵黄が町の修道院に回って、修道女たちがこの菓子にした、という話だ。ヘレスの酒蔵 González Byass の古い帳簿には、1837年に月1,000個の卵を買い入れた記録が残る。ワインに卵白を使い、残った卵黄が菓子になったという話は、ほかのワインの産地でも語られている。

19世紀後半の手書きのレシピには、粉と砂糖の層に、卵黄とアーモンドと豚の脂をすり合わせた層を重ねる、いまとはまるで違う菓子が残る。いまと同じ作り方が出てくるのは、1894年にアンヘル・ムーロが出した料理書『El Practicón』。卵黄3ダースをシロップと合わせ、プリン型か小さな型で湯煎にかける。1914年の辞書の説明は「卵黄とシロップを、しっかり固まるまで火を通した菓子」で、いまの姿とそろう。

分布

この菓子といちばん結びつきが強い町は、いまもヘレスだ。町がスペインの美食の都に選ばれた2026年の2月には、地元の菓子職人たちがおよそ7,000個のこの菓子を作り、1個1ユーロで売る催しが開かれた。売り上げは、大麻(ハシシ)やお酒、スマートフォンなどへの依存に悩む、21歳未満の若者の支援に充てられた。

構造と製法

材料は、砂糖と水と卵黄、それに型に敷くカラメルだけ。砂糖を水で煮てシロップにし、卵黄と合わせる。型に流して湯煎にかけ、よく冷えるまで型から出さない。ムーロの時代は、固めた砂糖のかたまりを煮溶かし、シロップを布の袋で漉していたが、手順の筋は、いまと同じだ。牛乳を加えるふつうのプリン、フラン(flan)と比べると、目が詰まって重く、甘さもずっと強い。

バルセロナで食べたトシニージョ・デ・シエロは、とても濃厚で、甘さが強かった。同じ町で食べたクレマ・カタラナ(表面のカラメルを割って食べる、カタルーニャのクリームの菓子)は、フランスのクレーム・ブリュレより軽く、カスタードクリームに近い。同じ卵黄の菓子でも、重さはまるで違う。

変種と周辺

ポルトガルにも、同じ名の菓子トウシーニョ・ド・セウ(toucinho do céu)がある。こちらはアーモンドの粉と卵黄と砂糖を合わせて焼く菓子で、型に入れて湯煎で火を通すスペインのものとは姿が違う。豚の脂を入れる作り方も、いまに伝わっている。

スペインには、卵黄と砂糖を主役にした菓子がほかにもある。卵黄と砂糖を練って小さな玉に丸めるイエマ(yema)は、1747年に王家の菓子職人が書いた本に、もう作り方が載っている。卵黄を細い糸にして煮立ったシロップに落とすウエボス・イラドス(huevos hilados。糸にした卵)は、1611年の料理書に出てくる。日本の鶏卵素麺と同じ仲間だ。

マドリードヘレス
スペインヘレス

文献の記録

年記録資料
19世紀後半名前のついた最古の手書きのレシピ。豚の脂やアーモンド、砂糖漬けの果物の層を重ねる、いまとは違う菓子メディナ・シドニアの文人テブッセンが集めた、手書きのレシピ帳(ヘレスの料理史の研究者が報道で紹介したもの)
1869辞書に「天の(de cielo)」トシーノ。卵黄と砂糖などで作る菓子スペイン王立アカデミー『カスティーリャ語(スペイン語)辞典』第11版(原文を開く)
1894卵黄3ダースとシロップを型に入れ、湯煎で火を通す。いまと同じ作り方アンヘル・ムーロ『El Practicón』(原文を開く)
1914「卵黄とシロップを、しっかり固まるまで火を通した菓子」スペイン王立アカデミー『カスティーリャ語(スペイン語)辞典』第14版(原文を開く)

観察記録

№年月町所見
012010.05(手書きの旅日記・著者への聞き取り)バルセロナトシニージョ・デ・シエロを食べた。卵黄を固めたように濃厚で、甘さがとても強かった手書きの旅日記・著者への聞き取り
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