郷土菓子

卵黄と砂糖を練って丸めた、小さな玉

イエマ

Yema[ˈʝema]

発祥
スペインEspaña
分類
砂糖菓子
主材料
卵黄・砂糖(粉砂糖をまぶすか、飴をかける)
記録
2件
期間
2010–2014
図版
6点
マドリード
スペイン
マドリード
スペイン
包み紙の上に、半分かじった卵黄色の小さな玉。外側は白っぽい砂糖の粒、中は濃い黄色
図1サンタ・クララのイエマを割ったところ。砂糖をまぶした外側の内に、卵黄色の生地が詰まる(2014年2月、ホーチミンで。スペインのおみやげにもらったもの)
古い活字の頁。CAPITULO XXV、DE LOS HUEVOS、YEMAS DE HUEVO の見出しの下に作り方の文
図2王家の菓子職人フアン・デ・ラ・マタの『菓子の技術(Arte de repostería)』1747年(マドリード)。第25章「卵の菓子」の最初が「卵黄の菓子(Yemas de huevo)」。卵黄12個に粉砂糖、オレンジの花の水、レモンの皮を混ぜて弱火で練り、卵黄ほどの玉にする。飴でくるむか乾いた砂糖の衣をかけ、一つずつ小さな紙に包む(116頁)Juan de la Mata『Arte de repostería』1747年(ゲッティ研究所・インターネット・アーカイブのデジタル化)/ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)
白い台の上に、両端をねじった薄い紙の包み。中に卵黄色の玉が透け、紙に修道女の絵と Yemas Santa Clara の文字
図3紙で一つずつ包んだサンタ・クララのイエマ。両端をねじった姿はキャンディーのよう。包み紙に修道女の絵と SIRUELA の文字(2014年2月、ホーチミンで)
古い活字の頁。上に Arte de Cocina と頁番号295、斜体の見出し Huevos hilados の下に作り方の文
図4王の料理長マルティネス・モンティーニョの料理書『料理と菓子の技術』(初版1611年)の「卵黄の糸(Huevos hilados)」。穴が一つだけの小さな匙で、煮立つシロップに卵黄を細く落とし、絹のかせのようにする。匙が無ければ卵の殻でもできる、とある(1778年マドリードの第13版、295頁)Francisco Martínez Montiño『Arte de cocina, pastelería, vizcochería y conservería』1778年版(ジョン・カーター・ブラウン図書館・インターネット・アーカイブのデジタル化)/ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)
銀色の盆の上に、つやのある卵黄色の小さな菓子が並ぶ。上につまんだ先があり、そこが黒く焦げている
図5卵黄色の生地で包み、上をつまんだ先を焦がした、つやのある小さな菓子(2010年5月、バレンシアの菓子店で)
白い箱に筆記体で Yemas de Santa Clara。透明な窓の中に、紙で包んだ小さな玉が並び、赤い紐で結んである
図6おみやげにもらった Yemas de Santa Clara の箱。窓から、一つずつ紙で包んだイエマが見える(2014年2月、ホーチミンで)

定義

イエマ(yema)は、卵黄と砂糖でできたスペインの小さな菓子だ。yema は、スペイン語で「卵黄」のこと。卵黄と砂糖を弱火で練り、卵黄ほどの玉に丸めて、粉砂糖をまぶすか飴をかけて仕上げる。一つずつ紙で包んで売られることが多い。アビラの「サンタ・テレサのイエマ(yemas de Santa Teresa)」や、修道院で作られるものがよく知られている。

由来

yema のもとは、ラテン語で「芽」を意味する gemma だ。植物の芽を指した言葉から、卵の黄身の意味が生まれた。スペイン王立アカデミーの辞書に「砂糖と卵黄で作る乾いた菓子」の意味が加わるのは、20世紀のはじめになってから。

菓子そのものは、辞書に載るよりずっと古い。18世紀の半ば、スペイン王家の菓子職人フアン・デ・ラ・マタが出した菓子の本に、「卵黄の菓子(yemas de huevo)」の作り方が載っている。卵黄12個に粉砂糖と、レモンの皮を混ぜ、弱火で練って「卵黄ほどの大きさと形の小さな玉」にする。飴でくるむか乾いた砂糖の衣をかけ、一つずつ小さな紙に包む。いまのイエマと、ほとんど変わらない。

いちばん名の知れたアビラのイエマは、聖テレサの修道院で生まれたと思われがちだ。作り手の説明では、1860年ごろ、アビラの菓子職人イサベロ・サンチェスが自分の店で作りはじめ、町の守り聖人の名をつけた。聖テレサは16世紀にこの町で生まれ、修道会(カルメル会)の改革に力をつくした修道女。店は名を変えて、いまもこのイエマを作っている。

分布

イエマはスペインの各地で作られている。アビラのほかにも、セビージャのサン・レアンドロ修道院の「サン・レアンドロのイエマ(yemas de San Leandro)」のように、町や修道院の名をつけたものがいくつもある。サン・レアンドロでは、いまも修道女たちが作り続けている。聖クララにはじまる修道会(クララ会)の、各地の修道院にちなんだ「サンタ・クララのイエマ(yemas de Santa Clara)」もある。

構造と製法

材料は、ほぼ卵黄と砂糖だけ。砂糖はそのまま混ぜることも、先にシロップに煮てから卵黄を加えることもある。鍋で練ってもったりさせたら、冷まして小さく丸める。仕上げは二通り。粉砂糖をまぶした白っぽいものと、飴をかけてつやを出したものだ。古い本の作り方も、この二つを書き分けている。

紙に一つずつ包まれたサンタ・クララのイエマは、ひと目ではキャンディーのように見える。粉砂糖に覆われた外側はカリッとしていて、中はふわっと崩れる。外と中で、まるで違う食感だ。

変種と周辺

卵黄と砂糖の練りものは、玉にせずに使われることもある。スポンジなどの上に塗って表面を焦がしたものが「焼いた卵黄(yema tostada)」。玉のイエマとは別の菓子で、ケーキにも、トゥロン(アーモンドを蜂蜜と砂糖で固めた菓子)にもこの名がつく。卵黄を焼いて色をつける菓子は、18世紀の菓子の本にもすでに見える。

バレンシアの菓子店のケースには、卵黄色の生地で全体を包み、上をつまんで立てた先を焦がした、つやのある小さな菓子が銀の盆に並んでいた。焦げ目とつやのある姿は、粉砂糖をまぶした玉のイエマより、焼いた卵黄の菓子に近い。

卵黄と砂糖の菓子は、隣のポルトガルにも多い。17世紀にポルトガルで初めて印刷された料理書には、卵黄を煮詰めた砂糖で練る「やわらかい卵(ovos moles)」がある。18世紀のスペインの菓子の本にも、同じ名の「huevos moles」が出てくる。いまは、ポルトガル中部の町アヴェイロの名物として知られる。

もう一つ、卵黄を細い糸にして、煮立つシロップに落とす菓子がある。17世紀のスペインとポルトガルの料理書、そして日本の『料理物語』に、そろって載っている。どの本にも、卵の殻に小さな穴をあけて落とすやり方がある。この菓子は、スペインではウエボス・イラドス(huevos hilados)、ポルトガルではフィオス・デ・オヴォス(fios de ovos)、日本では鶏卵素麺、タイではフォイトーン(foi thong)と呼ばれている。日本までつながっているのは、玉のイエマではなく、この糸の形の菓子だ。

供される場面

19世紀の終わりのスペインの料理書は、卵の菓子についてこう書いている。昔の料理には卵で作る甘いものが数かぎりなくあり、それらは洗礼の祝いの日に決まって出るデザートだった。

マドリード
スペイン

文献の記録

年記録資料
1611卵黄を細い糸にしてシロップに落とす菓子の作り方。穴をあけた匙が無ければ、卵の殻でもできる、とある王の料理長の料理書『料理と菓子の技術』(原文を開く)
1680ポルトガルにも、卵黄の糸の菓子(「卵のそうめん」)と、卵黄を砂糖で練る ovos moles があるポルトガル最初の印刷された料理書『料理の技術』(原文を開く)
1747いまのイエマとほぼ同じ作り方。卵黄と砂糖を練って卵黄ほどの玉にし、一つずつ紙に包む王家の菓子職人の本『菓子の技術』(原文を開く)
1914辞書の yema に、卵黄の意味と並んで菓子の意味が載るスペイン王立アカデミーの辞書(原文を開く)

観察記録

№年月町所見
012010.05.27(手書きの旅日記)バレンシア卵黄色の生地で包み、上をつまんだ先を焦がした、つやのある小さな菓子が銀の盆に並んでいた。粉砂糖の玉のイエマより、焼いた卵黄の菓子に近い姿手書きの旅日記
022014.02.11(X(Twitter)の投稿)ホーチミンYemas de Santa Clara。一つずつ紙で包み、粉砂糖をまぶした卵黄色の玉。外はカリッとして、中はふわふわX(Twitter)の投稿
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