郷土菓子

緑の帯をまとう、とびきり甘いケーキ

カッサータ

Cassata[kasˈsata] / Cassata siciliana

発祥
イタリア・パレルモItalia / Palermo
分類
生菓子(チーズ菓子)
主材料
リコッタチーズ・スポンジ生地・マジパン・砂糖漬けの果実
地方
シチリア島 / パレルモ県
近縁
スフォリアテッレ
記録
5件
期間
2010–2012
図版
11点
ローマパレルモ
イタリアパレルモ
ローマパレルモ
イタリアパレルモ
ガラスケースの中に、白いクリームで覆われた三角のケーキが何切れも並び、上に赤いチェリーと黄色いオレンジピールがのる
図1菓子屋のショーケース。切り分けたカッサータが並ぶ。白いグラッサに砂糖漬けのチェリーとオレンジピールがのり、側面に緑のマジパンが見える(2010年4月、パレルモ)
ケースの中の丸く平たいケーキ。白い表面に線の模様が引かれ、上面に黄色や赤の砂糖漬けの果実が並ぶ
図2ホールのカッサータ。白いグラッサで全体を覆い、上に砂糖漬けの果実を大きいまま並べる(2010年4月、パレルモ)
ガラスケースの中の紙敷きの上に、リンゴ・洋ナシ・トマトなどそっくりに作られた色とりどりのマジパン菓子が積まれている
図3果物をかたどったマジパン菓子。カッサータの緑の帯と同じ、アーモンドと砂糖のパスタ・レアーレでできている(2010年4月、パレルモ)
冷蔵ショーケースの金網の棚に、白いケーキが四段にわたって並び、それぞれに値札が差してある
図4冷蔵の棚に、ホールのカッサータが値札を付けて並ぶ。砂糖漬けの果実は花の形に置かれている(2010年4月、パレルモ)
ケースの中に、白いケーキと、表面いっぱいに赤い木イチゴを並べたドーム形のケーキが隣り合っている
図5同じ店のショーケース。左が白いカッサータで、右は木イチゴを敷きつめたケーキ(2010年4月、パレルモ)
皿にのった三角のケーキ。白いクリームの層にスポンジが挟まり、側面に緑の帯。上に赤いチェリーと砂糖漬けのオレンジピール
図6一切れの断面。上から白いグラッサ、スポンジ生地、リコッタのクリームと重なり、右の側面に緑のマジパンの帯が通る(2010年4月、パレルモ)
赤と金の縁の皿に、粉砂糖をふった筒形のカンノーロ、緑の小さなドーム形の菓子、赤い砂糖をまぶした丸い菓子がのる
図7ミラノの菓子屋 SCARINGI で頼んだ一口大のカッサータ。緑のマジパンのドームに白いクリームとチェリーがのる。左は同じ皿のカンノーロ(2012年4月、ミラノ)
ケースの中に、粉砂糖をふった筒形の菓子が並び、両端から白いクリームがのぞいている
図8カンノーロ。筒状に揚げた生地にリコッタのクリームを詰めた、同じ島の菓子(2010年4月、パレルモ)
テーブルの上の白い皿に、白いクリームのケーキが一切れ。奥の皿には筒形の菓子と果物をのせた菓子
図9店内の席で供された一皿。手前がカッサータで、奥は同じ店のほかの菓子(2010年4月、パレルモ)
紙の器にのった二つに割れた緑色の菓子。断面まで一様に緑色で、表面に砂糖の粒がついている
図10同じ町で買った、緑に着色したマジパンの菓子。割ると中まで緑に染まっている(2010年4月、パレルモ)

定義

カッサータは、シチリア島の丸いケーキだ。砂糖で甘くしたチーズのクリームをスポンジ生地で包み、側面を、アーモンドと砂糖を練った緑ので囲う。上からはと呼ばれる白い砂糖の衣で覆い、砂糖漬けの果実を大きいまま並べる。本場はパレルモ。大きいものは直径30センチほどあり、切り分けて皿で出される。

由来

名前の由来は、18世紀から言い合いになってきた。1785年のシチリア語の語源辞典が、四つの説を並べている。生地の箱に詰めるから「incassata」だという説。チーズの平焼きを指すスペイン語の quesada、「覆う」を意味するヘブライ語の casah、ラテン語でチーズを指す caseus も挙がっている。この辞典を書いたパスクアリーノが採ったのは、最後のラテン語だ。というチーズで作るカッサータもあったからだという。

よく耳にするアラビア語の説が出てくるのは、そのあとだ。イスラーム期シチリアの歴史家ミケーレ・アマーリが、1872年にこう書いている。アラビア語の kas'at は大きく深い鉢を指し、この菓子の生地もそういう形をしている。だからアラビア語から来たものに思われる、と。言い切ってはいない。いつかアラビア語にも本格的な語源辞典が出れば分かるだろう、と同じ注に書き添えている。いまのイタリア語の辞典が採るのも、やはりラテン語のほうだ。

名前の話はここまで。形も昔と今ではまるで違う。14世紀の写本が指していたのは、パン生地でチーズを包んで焼いたものだった。17世紀の修道院の料理書に載る二つの作り方も、やはり窯に入れる。アマーリが「生地が鉢の形」と書いたのは、この包んで焼く姿のことだ。

いまの派手な飾りが現れるのは、18世紀の終わりだ。1799年のパレルモの修道院の記録に、マジパンと砂糖のグラッサと砂糖漬けの果実で飾ったカッサータが出てくる。ただし19世紀の後半になっても、シチリア語の辞典は「甘くしたリコッタを甘い生地で包んだ丸いもの」とだけ書いている。飾りはまだ、町の人の言う「カッサータ」には入っていなかったのだ。

この形を世に広めたのは、パレルモの菓子職人サルヴァトーレ・グリだと言われている。1873年、ウィーンの催しで砂糖漬けの瓜の飾りを披露した。作り出した人ではなく、広めた人。ただ、材料をたどればアラブとのつながりは確かだ。サトウキビも柑橘もアーモンドも、9世紀から11世紀のアラブ支配の時代に島へ入ってきた。

分布

パレルモの菓子屋では、切り分けたものがショーケースに並ぶ。白いグラッサの上に砂糖漬けのチェリーとオレンジピールがのり、切り口からは側面の緑がのぞいている。ホールは値札を付けて冷蔵の棚に置かれる。隣に並ぶのは「」や、果物をかたどったマジパン菓子だ。

島の中では、パレルモだけの菓子ではない。イタリア農業省が土地の伝統食品として挙げているのは、アグリジェントからトラーパニまで、シチリアの9県すべてだ。パレルモの名で知られていても、作っているのは島じゅうだ。

島の外にも出ていく。北イタリアの菓子屋でも、南の菓子としてカンノーロと並べて置かれることがある。ただし並ぶのは一口大の小さいもので、ホールはめったに見かけない。

構造と製法

外から順に、白いグラッサ、緑のマジパン、スポンジ生地、そしてリコッタのクリーム。四層になっている。側面までマジパンとグラッサで包むので、切るまで中身は見えない。生地はで、リキュールや果汁を含ませる。クリームが多いぶん、断面ではスポンジが薄い層になっている。

クリームに混ぜ込むのは、チョコレートの粒と砂糖漬けのチェリー、オレンジピール。リコッタは、伝統的には羊の乳のものを使う。側面のマジパンは、シチリアではと呼ばれる。これも飾りではなく食べるもので、食べ応えのある厚みだ。

変種と周辺

焼く形も残っている。生地で包んで窯に入れる「」で、パレルモの周辺に多い。一口大の小さいものは「」と呼ばれ、白いクリームと砂糖漬けのチェリーが決まってのっている。

いちばん近いのはカンノーロだ。リコッタのクリームという中身を分け合っている。シチリアの菓子屋を回ると、このクリームとマジパン細工に何度も出会う。果物をかたどったマジパン菓子も、側面の緑の帯と同じものでできている。カッサータは、その二つを一つに束ねた菓子といえる。

供される場面

もとはの菓子だ。修道院で作られ、祝いの日に食べるものだった。「復活祭のカッサータを取り逃がす者は情けない」。民俗学者ジュゼッペ・ピトレが書き留めた言い習わしだ。復活祭に婚約者が相手へ贈るという記録も残っている。いまは季節を問わず棚に並ぶ。

菓子屋では、皿に取り分けて店内で食べられる。添える飲み物に決まりはないが、島ではエスプレッソが多い。菓子屋は人の集まる場所でもある。カウンターには新聞を読む客も、エスプレッソだけの客もいる。

記録から見えること

先に来るのは甘さだ。日本の菓子に慣れた舌では、とても受けとめきれない。歯にしみ込み、喉が焼けるような甘さ。それでも食べ進めると、甘さの向こう側から味が現れてくる。クリームはずっしりと濃厚だが、脂っこさはない。チーズなのに、塩気も酸味も出てこない。シチリアに着いた日の記録にも「予想通り甘甘」とある。島の菓子は、どれもこの調子だ。

大きさと重さも、この菓子を決めている。一切れは日本の感覚だと大きく、半分で足りる。作りは繊細というより大まかで、飾りの砂糖漬けの果実も切らずに並べる。ショーケースでひときわ目を引くのは、そのためだ。

あの緑を、シチリアの名産であるピスタチオの色だと思う人は多い。だが記録をたどるかぎり、この緑は着色だ。島にピスタチオの菓子が多いのは確かだ。だが、名産だからその色にしている、というわけではない。

ローマパレルモ
イタリアパレルモ

文献の記録

年記録資料
1348パン生地でチーズを包んで焼いたものを「cassata」と呼んでいる。いまのところ最古の記載アンジェロ・セニージオ『デクラルス』(シチリア語・ラテン語辞典の写本)
17世紀窯に入れる作り方が二つ。いまのカッサータ・アル・フォルノにあたるサン・マルティーノ・デッレ・スカーレ修道院の料理書(刊行2007年)
1785「甘くしたリコッタを、甘い生地で包んだ丸いトルタ」。名の由来に四つの説を並べ、ラテン語 caseus を採る。飾りの記述はないミケーレ・パスクアリーノ『シチリア語語源・伊・羅辞典』(原文を開く)
1799マジパンと砂糖のグラッサと砂糖漬けの果実で飾ったカッサータパレルモの修道院の記録
1825「cassate in freddo」。焼かない冷たいカッサータが現れるパレルモの修道院の記録
1846諺「Cui n'appi n'appi cassati di Pasqua」。復活祭との結びつきで、いま確かめられる最古のものスカルチェッラ『シチリアの諺・言い回し集』(原文を開く)
1868定義はなお「リコッタとほかの材料で作る菓子」。同じ形の氷菓も cassata と呼ぶとあるアントニーノ・トライナ『新シチリア語・伊辞典』(原文を開く)
1872「アラビア語の kas'at(大きく深い鉢)に由来するように思われる」。本人は推測と断っているミケーレ・アマーリ『シチリアのムスリムの歴史』第3巻892頁の注(原文を開く)
1873パレルモの菓子職人サルヴァトーレ・グリが、ウィーンの催しで砂糖漬けの瓜の飾りを披露したとされる(研究者の調査による)
1876なお「砂糖で甘くしたリコッタを、丸い形の甘い生地で包んだトルタ」。カッサータに似せた氷菓も、とあるヴィンチェンツォ・モルティッラーロ『新シチリア語・伊辞典』(原文を開く)
1879復活祭に、婚約者が相手へカッサータを贈るジュゼッペ・ピトレ『シチリアの誕生・婚礼・葬送の習わし』(原文を開く)
1880諺「Tintu cui perdi li cassati di Pasqua(復活祭のカッサータを取り逃がす者は情けない)」ジュゼッペ・ピトレ『シチリアの諺』第4巻(原文を開く)

観察記録

№年月町図所見
012010(当時のサイト「シシリアの車窓から」を開く)シチリアショーケースの中央の緑のケーキとその右がカッサータ。「非常に重たいリコッタチーズてんこもりのケーキ」。同じ店にカンノーリ。島ではピスタチオ入りの緑のマジパンもよく目にする当時のサイト「シシリアの車窓から」を開く
022010.04.28(手書きの旅日記・著者への聞き取り)パレルモ皿に取り分けた一切れ。白いグラッサ、側面の緑のマジパン、ジェノワーズ、リコッタのクリーム、ドレンチェリーとオレンジピール。クリームの中身は店の人に尋ねて分かった。ショーケースには切り分けたものが並び、ホールも置かれていた。「非常に重たく、そしてデカイ…」手書きの旅日記・著者への聞き取り
032010.04.28(手書きの旅日記・著者への聞き取り)パレルモすりガラスに「Antica Pasticceria Mazzara Dal 1909」と店の紋章が入った看板冷蔵ケースに、ホールのカッサータが値札を付けて並ぶ。白いグラッサの上に、砂糖漬けの果実を花の形に置いた飾り。胃がもたれて食べられず、焼き菓子を6種類ほど持ち帰った手書きの旅日記・著者への聞き取り
042010.04.29(手書きの旅日記)パレルモブッチェッラート、マジパン細工、カンノーリなどを食べる。シチリア菓子について「やたらとricottaのクリームを使う。マジパン菓子が多い。しかも緑に着色。意外とどれもうまい」と書く(カッサータの名は無し)手書きの旅日記
052012.04.17(当時のブログ「Milano Salone」を開く)ミラノ南イタリアの菓子として、カンノーロと並んで一口大のカッサータ。緑のマジパンのドームに白いクリームと砂糖漬けのチェリーがのる当時のブログ「Milano Salone」を開く

この菓子を買った店

  • Mazzaraパレルモ・イタリア2010.04.29
  • SCARINGIミラノ・イタリア2012.04.17

店名は写真の看板・値札・紙袋から起こしたもの。住所は写真に写っていたもの、または後から調べて確かめたもの。

この菓子に出会った旅

郷土菓子の一覧へ