2010.04–05

朝のカッサータ

イタリア 2010年4〜5月

2010.04.27 マルサラ

白いクリームの正体が分からない。水気の少ない小さなイチゴと、固めのアーモンドの層に挟まれたクリームだ。店の人に尋ねると、「クレマ パティシィッチェーレ」と聞こえる答えが返ってくる。イタリア料理の本や学校で覚えた、クレマ・パスティチェーラ、いわゆるカスタードクリームのことだろう。けれど、日本で私が作ってきたそれは、黄色くて、甘さもほどほどだった。目の前のクリームは白く、かなり甘い。それでも、いくつも食べたなかで、このイチゴのタルトはうまかった。ここはシチリア島の、パレルモからバスで2時間半の町マルサラ。前の日に着いたばかりのパレルモより、人の温かい町だ。

2010.04.24 ローマ → パレルモ

ローマのフィウミチーノ空港に降りてから、まだ4日目だ。本場の味を知りたい、というのが旅のいちばんのきっかけだった。ネットで見つけたレシピでヨーロッパの地方の菓子を作ってはいても、日本で作っている人はいないし、その味が正解かどうか確かめる手立てがない。半年のアルバイトで貯めた100万円を手に、21歳の私はバックパック一つで、ヨーロッパを3カ月かけて回る旅に出た。夜のローマに着くと、イタリア語の文字も、行き交う人の話し声も、駅でパレルモ行きの寝台の切符を買うことさえ楽しい。

シチリアの菓子に惹かれていたので、ローマには長居しない。到着早々に翌日の寝台列車でイタリア最大の島シチリアのパレルモに移動した。旅慣れていなかった私は、イタリアの SIM カードを入れるという発想もなく、ネット環境のないなか辺りを散策した。偶然にも同じ時期にイタリア旅行をしていた料理学校の頃の友人と連絡を取るために必死で住宅街の鍵のかかっていない Wi-Fi を手繰り寄る。今となってはなぜそのような行動に出たのか不明だが、奇跡的にネットにつながり合流することができた。日本を出る前に友人の宿泊先くらいは聞いておくべきだった。

2010.04.28 パレルモ

マルサラへ出かけた翌朝、パレルモの菓子屋で、ショーケースに目を奪われる。お世辞にもきれいとは言えない飾りのケーキが並び、日本ではまず見られない光景だ。生菓子とは、こんなにラフでいいものなのか。なかでも迫力があるのはカッサータで、緑色の衣でくるんだ上に、砂糖漬けの果物が大胆にのっている。衣はマジパン、アーモンドと砂糖のペーストだ。決して食欲をそそる色ではないが、どれもコテコテの緑色に着色されてる。材料を尋ねると、店員さんが親切に、そして陽気に教えてくれる。

クリームは、リコッタチーズを使ったものらしい。頼んだ一皿は、日本なら半分で足りる大きさで、見た目も大ざっぱだから、なおさら強烈に映る。ひと口食べると、この一皿を食べきれる自信がなくなるほど甘い。けれど、店に飛び交うイタリア語や、おいしいエスプレッソや、いろいろなものが混ざり合って、食べ進めるうちにだんだんおいしく感じられてくる。それでも、こんなに量はいらない。そう思いながら、私は一皿を食べきった。

2010.04.28 パレルモ

菓子を食べながら、ノートに断面の絵を描くのが、この旅での私の習いになっている。食べたときの、そのままの味の感想を残しておきたいからだ。この日のページには、まず菓子二つの断面が描いてあり、「この2つはとてもおいしかった。本当に。」と書き添えてある。次の行は「ただ、」と悩ましげな一語だけ。そのあとに、砂糖漬けのチェリーとオレンジピール、クリーム、スポンジ生地を重ねたカッサータの断面が続き、感想は「非常に重たく、そしてデカイ…」「もう少しすっきりさせれば、日本人でも、もっとおいしく食べられるのでは…」と簡単にコメントを残している。

菓子職人を目指す私は、自分が作ってお客さんに出すときのことを、考えながら食べている。実食を終えると、例によって、胃もたれが待っていた。店を出た後、すぐに1909年創立の老舗の菓子屋を見つけて、どうしても食べてみたいのに、腹が気持ち悪くて食べられない。焼き菓子を6種類ほど持ち帰るのがやっとだ。それでも、この日のノートの最後の行に、私はこう書いている。「シシリア菓子、意外とうまい。本当に、来てよかった。」

2010.04.29 パレルモ → ナポリ

翌日の夜、ナポリへ渡る船では、興奮して眠れない。船に乗ることさえ、めったにない経験だ。夜11時ごろからバーで酒を飲み、やけに体格のいいおじさんとスロットまでして、3時を過ぎても眠気がまったく来ないのだ。船は予想より3時間ほど早い朝6時半に、ナポリに着いてしまう。着いたその日は、念願のナポリピッツァの老舗に入ったあと、またしても一日じゅう胸やけだ。1890年からある菓子屋 Gambrinus(ガンブリヌス)で口にできたのは、レモンのさっぱりしたソルベットだけだった。

2010.05.02 ナポリ

ナポリに着いて3日目、友人とは、また日本で会おう、というくらいの軽さで別れた。その日、朝食に入った菓子屋は Scaturchio(スカトゥルキオ)。前の日に、パリパリの皮で貝殻の形をしたナポリの菓子スフォリアテッレを食べた店と、同じ名前だ。気付かずに入ったものの、名前が同じだけの別の店なのか、味もまるで違う。Scaturchio では、写真を撮らせてほしいと頼むと、店のおばちゃんがもう一人のイケメンの店員さんと急に抱き合って、ポーズをとってくれた。日本の菓子屋ではまずありえない陽気さに、びっくりして、感動してしまう。

2010.05.02 ナポリ

Moccia(モッチャ)という菓子屋では、片言のイタリア語と英語、それに身ぶりで、食べた菓子の名前をノートに書いてほしいと頼んだ。するとおじさんは、ショーケースに並ぶ菓子の名前まで、勢いよく次々と書きはじめる。ペンが止まらない。隣にいる私は止め方も分からず、あわあわするばかりだ。菓子の名前を尋ねていると、おじさんは急に歌いだしもする。スフォリアテッレの唄で、子どもでも楽しめそうな簡単な節だった。小さな菓子の味見も、勢いに任せて次々とくれる。

日本人にはない勢いが、いかにも南イタリアらしくて楽しい。マルサラでは知っている名前のクリームが違う味をしていて、ナポリでは菓子の名前を尋ねただけで、店のみんなが歌いだし、カメラを向けるとポージングは欠かさない。その夜、寝台列車でナポリを発ち北へ向かう。寂しさはなく、次の町にはどんな菓子があるのだろうとさらに胸が弾む。のちにフランスから自転車で旅に出たときは、南イタリアでの教訓を生かし、胃腸薬を必ず持参するようにした。

この旅の道のり

  1. 2010.04.24ローマ(イタリア)
  2. 2010.04.25ローマ→アルバーノ・ラツィアーレ→ローマ(イタリア)
  3. 2010.04.25ローマ→パレルモ(イタリア、寝台列車)
  4. 2010.04.26パレルモ(イタリア・シチリア)
  5. 2010.04.27パレルモ→マルサラ(イタリア・シチリア、バス2時間半)
  6. 2010.04.28パレルモ(イタリア・シチリア)
  7. 2010.04.29パレルモ→トラパニ→パレルモ(イタリア・シチリア、バス)
  8. 2010.04.29パレルモ→ナポリ(イタリア、夜行フェリー)
  9. 2010.04.30ナポリ(イタリア)
  10. 2010.05.01ナポリ→ポンペイ→ナポリ(イタリア)
  11. 2010.05.02ナポリ(イタリア)
  12. 2010.05.02ナポリ→モデナ(イタリア、寝台列車)
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