旅 2010.04–05

朝のカッサータ

イタリア 2010年4〜5月

2010.04.28 パレルモ

ショーケースの前で、足が止まった。お世辞にもきれいとは言えない飾りのケーキが、ずらりと並んでいる。ごてごてのクリームに大胆にフルーツが散らしてある。日本では、まず見られない光景だ。

生菓子って、こんなにラフでいいのか。

なかでも迫力があるのはカッサータ(cassata)で、緑色の衣でくるんだ上に、砂糖漬けの果物がどっさりのっている。衣はマジパン、アーモンドと砂糖のペーストだ。材料を尋ねると、店員さんが親切に、そして陽気に教えてくれる。中のクリームは、で作るらしい。

運ばれてきた一皿は、日本なら半分で足りる大きさだった。見た目が大ざっぱなぶん、なおさら大きく見える。スプーンを入れ、ひと口。

ぐ、甘すぎる。

この一皿を食べきれる自信が、そのひと口でなくなった。

2010年春、シチリア島のパレルモ。

ここから私のヨーロッパ、3カ月の旅が始まった。

話は、その数日前に遡る。

2010.04.24 ローマ

ローマのフィウミチーノ空港に降りたのは、夜の7時ごろだった。空が、まだ明るい。

ここに立つまでに、少しばかりの回り道がある。西洋料理の専門学校を出て最初に勤めたのは京都の料理店だった。シェフは腕も店も評判だったが、陰では手が出る人としても知られていた。ここでは書けない話がたくさんある。もちろん私も何度も殴られた。目の白いところが真っ赤に内出血したこともあるし、歩けなくなるまで殴られた日もある。

数カ月後、次に入った人気のパン屋も同様の店だった。

2軒とも辞め、専門学校を出たその年の暮れには、もう決めていた。

こんな人たちの下ではいられない。

誰も知らない、誰もやったことのないことをやろう。

そうして始めたのが、ヨーロッパの地方の菓子を作ることだ。屋号を郷土菓子研究社と名付け、一人なのに大げさな看板を掲げて、知らない菓子を作り始めた。

ネットでレシピを探しては、作ってみる。なんとなくおいしいものは作れたりする。ただ、その味が正解かどうかを確かめる手立てがない。

本場の味を知る必要がある。

そこで旅費を貯めるため、半年、仕事をかけもちした。フレンチ惣菜屋の厨房ではキッシュを仕込み続け、引っ越しを手伝い、スーパーで品出しをし、改札前でクレカの勧誘をし、フェスで唐揚げを売り……派遣で来る仕事は何でも受けた。貯まった100万円を持って、21歳の私はバックパック一つで日本を出た。泊まる宿も、ろくに決めていない。ただ、どんな郷土菓子が眠っているのかワクワクしていた。

2010.04.24 ローマ

電車でテルミニ駅に出たのが、9時ごろ。適当に歩くうちに駅前の広場に出て、切符売り場が見つかる。ノートの端には、書いておいた一文がある。

「biglietto per PALERMO, per favore」

パレルモまでの切符を1枚、というイタリア語だ。これで、翌日の夜に出る寝台の切符がどうにか手に入った。目に入るイタリア語の文字も、すれ違う人の話し声も、何もかもが楽しい。駅で切符を1枚買うことさえ楽しいのだ。

夜の11時を過ぎて、テラス席の出ているリストランテに入り、カルボナーラ(carbonara)を頼んだ。高校の頃、家族旅行で来たイタリアで食べたカルボナーラがひどくまずかったので、そのリベンジだ。うまい。グッと濃厚で、チーズの香りがいい。

仔牛らしき肉に、生ハムとセージバターを合わせたサルティンボッカ(saltimbocca)も、イタリアを感じる味がする。ただ、パスタは思っていた倍ほどもあり、肉もたんまり出てきた。

なんとか食べられたけれど、胃は爆発寸前だった。

2010.04.25 ローマ → パレルモ

翌日の夕方、駅へ向かう途中のグリル屋で、ピッツァとビールを頼んだ。隣のおじさんとおばさんが話しかけてくる。何を話したかは、もう覚えていない。迎え入れてくれる感じだけが残っている。前の晩に続いて、ここのピッツァもとにかく大きく、腹はとっくにいっぱいだ。そう言っているのに、おじさんがピッツァをさらに4分の1もくれる。

記念撮影をしているうちに、気が付けば、出発の20分前。会計を済ませ、駅まで走って、なんとか間に合った。寝台では、同じ部屋になった人が、私のノートに二行のアラビア語を書いてくれた。たぶん、相手が自分から書きはじめたのだと思う。

「ようこそパレルモへ、中国人」

そう書いてあるらしい。ヨーロッパの人にとって、アジア人はだいたい中国人なのだろう。大したことではない。ケニアから来た人とも仲よくなった。アラビア語の文字に触れたのも、このときが初めてだ。

2010.04.26 パレルモ

パレルモは、ローマより寒かった。同じころイタリアを旅している料理学校の頃の友人と、ここで落ち合うつもりだった。ところが、連絡の手段がない。まだ旅慣れていなかった私は、イタリアのSIMカードを入れる、という発想がそもそもなかった。

私は住宅街を歩きながら、スマホ(iPhone 3GS)をかざしてWi-Fiの電波を探した。鍵のかかっていない電波が、たまたま見つかる。

つながった。

合流できたのは昼過ぎで、そのとき私は、広場でバックパックを枕に寝ていたと記憶している。よく会えたものだと思う。その晩の宿も取っていなかったので、友人の泊まるホステルについていく。人生で初めてのドミトリーだ。

知らない旅人と同じ部屋で眠り、共同のシャワーにはサンダルを履いて入る人がいて、手で洗った洗濯物がベランダに干してある。何もかもが新しい。部屋では、いろいろな国から来た旅人どうしの英語が飛び交っている。

友人といくつかカフェを巡ったが、肝心のシチリアの菓子は、予想どおり甘かった。

2010.04.27 パレルモ → マルサラ

翌日は友人と、パレルモからバスで2時間半のマルサラへ出かけた。料理でマルサラ酒を使ったことがあり、思ったより近い。それくらいの理由でこの場所を選んだ。着いてみるとシエスタで、どの店も閉まっている。時間がのんびり流れる南イタリアの海岸で、しばらく過ごしてから、町へ戻る。

個人経営の小さなワインの店で、何種類も試飲させてもらった。カウンターの中に店の主人が立ち、その横に息子さんが並んでいる。2人の様子が、なんとなく穏やかだ。パレルモより、さらに人が温かい。私たちが珍しいのか、海辺にいた子どもたちも普通に話しかけてくれる。

2010.04.27 マルサラ

そのあと入った菓子屋で、イチゴのタルトを食べた。小さなイチゴは水気が少なく、それでもちゃんとイチゴの味がする。その下に、白いクリームが敷いてある。正体が分からない。店の人に尋ねると、返ってきた答えはこう聞こえた。

「クレマ パティシィッチェーレ」

イタリア料理の本や学校で覚えた、カスタードクリームのイタリア語だ。

たぶん、カスタードのことやと思うけど……味が違うし、色も全然違う。

日本で私が作ってきたカスタードは、卵黄で炊いた黄色いクリームで、甘さもほどほどだった。目の前のクリームは白く、かなり甘い。名前は知っている。それなのに、知っている味ではない。

答え合わせに来たはずが、最初の一問から知らない答えが返ってくる。

2010.04.28 パレルモ

そして、4月28日の朝。冒頭のパレルモの菓子屋に戻る。目の前には、ひと口食べたきりの、燃えるように甘い大きなカッサータがある。

活気のある店内に、陽気なイタリア語が飛び交っている。少しうるさいし、決して上品ではないが、とても居心地がいい。新聞を読みながらエスプレッソを飲む客がいて、それだけでかっこよく見える。飲んでいるエスプレッソも、信じられないくらいおいしい。

そうして、カッサータをもうひと口。

あれ、うまいな。

目の前のイタリアが混ざり合ううちに、だんだんおいしく感じられてくる。

甘さの先に、うまさがある。

それにしても、こんなに量はいらないな。

そう思いながら、私は一皿を食べきった。

2010.04.28 パレルモ

菓子を食べながら、ノートに断面の絵を描く。この旅で、私はそうやって味を残している。その朝のページには、ほかの菓子二つの断面のあとに、こうある。

「この2つはとてもおいしかった。本当に。ただ、」

そのあとにカッサータの断面が続く。砂糖漬けのチェリー、オレンジピール、クリーム、スポンジ生地。横には「非常に重たく、そしてデカイ…」と書き添えてある。菓子職人を志していた私は、自分が作って出すならどうするかを考えながら食べていたのだと思う。

食べきったせいで、胃は夜までもたれた。その日、1909年創立の菓子屋を見つけた。表の看板のデザインから店構え、内装まで、なんとも味わいがある。

食べてみたい。でも、腹が気持ち悪い。

焼き菓子を6種類ほど持ち帰るのが、やっとだった。それでも、その日のページの最後の行に、私はこう書いている。

「シシリア菓子、意外とうまい。本当に、来てよかった。」

2010.04.29 パレルモ → ナポリ

シチリアを離れる日、前の日にも行った菓子屋へもう一度寄った。前の日は、焼き菓子を持ち帰るのがやっとだったからだ。ひと切れでは売ってくれないブッチェッラート(buccellato)を、丸ごと一つ買う。一つの菓子に何千円もかけるのが少し惜しかったが、あのインパクトのある、輪の形をした大きな焼き菓子の魅力に負けてしまった。

その夜、フェリーでナポリへ渡った。4人部屋を2人で使えて、シャワーまで付いている。船で知り合った旅人たちと、ブッチェッラートを切り分けた。中からドライフルーツとレーズンとナッツが出てくる。スパイスと酒とさまざまなドライフルーツの味が混ざり合い、想像以上にうまかった。

初めての船旅に興奮して、眠れない。11時ごろから船内のバーで酒を飲み、やけに体格のいいおじさんとスロットをして、3時を過ぎても眠気がまったく来ない。船は予想より3時間も早く、朝の6時半にナポリへ着いた。

眠い。

もう少し寝ていたい気持ちと、ナポリがどんな町なのか見てみたい気持ちが、半分ずつある。ナポリは、どこか大阪に似ていた。なんとなくガヤガヤしているからだろうか。

2010.04.30 ナポリ

さっそくピッツァの老舗に入る。生地は予想どおり、もちもちだ。トマトソースはフレッシュな感じがあり、チーズもシンプルにおいしい。ただ、ひどい胸やけに襲われた。その後すぐ、1890年からある菓子屋 Gambrinus に入っても、口にできたのはレモンのさっぱりしたソルベット(sorbetto)だけだった。

あと2日ある。また来よう。

手前にいたおじさんに、ソルベットとコーヒーを持って撮らせてほしいと頼んだ。すると、後ろにいた別のおじさんが横から飛び込んでくる。菓子を撮るつもりが、ナポリらしい陽気な一枚になった。この一枚から、私は菓子と土地の人を一緒に撮るようになる。写真一枚で、菓子だけでなく、その土地の空気や人まで写せると思ったのだ。

その晩は、ホステルの皆で食卓を囲んだ。トマトソースとベーコンのシンプルなパスタは、あっさりして量も少なく、胃のもたれた私には助かる。いろいろな国から来た人がいて、おじいちゃんとおばあちゃんの姿もあった。こういう宿は若者が来る所だと思っていたら、人と話すのが好きで来ているのだという。

のちにフランスから自転車で旅に出たとき、私は胃腸薬を必ず持っていくようにした。この日にその知恵があれば、もう少しナポリの菓子を楽しめただろう。

2010.05.01 ナポリ

ナポリの2日目は、菓子屋を回ってスフォリアテッレ(sfogliatelle)を食べ比べた。貝殻の形をした、焼いた皮がびっくりするほどパリパリの菓子だ。Scaturchioという店のものは、クリームにオレンジが入っていて、コクのある甘さの中に爽やかさがあり、うまい。

その夜、ホステルでいったん寝てから、12時ごろに友人とワインを開けた。一緒に過ごすのは、これが最後の夜になる。もともと一緒に旅をする約束をしていたわけではない。たまたま南イタリアで時期が重なっただけだ。友人には友人の旅があり、私は菓子のことで頭がいっぱいだった。

翌朝、また日本で、というくらいの軽さで別れた。

2010.05.02 ナポリ

一人になったその朝、朝食に入った菓子屋も Scaturchio という名前だった。前の日と同じ名前だとは、気付かずに入った。ところが、味がまるで違う。

写真を撮らせてほしいと頼むと、店のおばちゃんがもう一人のイケメン店員さんと急に抱き合って、ポーズをとってくれた。日本の菓子屋では、まずありえない。ナポリのノリの良さにびっくりして、感動してしまう。

2010.05.02 ナポリ

Mocciaという菓子屋では、菓子を三つ食べた。食べた菓子の名前を、ノートに書いてほしい。ほんの少しのイタリア語と、高校までに習った英語と、身ぶりで頼む。おじさんが、勢いよく書きはじめた。ショーケースに並ぶ菓子を左上から右下まで、次々と書いていく。

あ、オレの食ったのだけ聞いたのに……。

ペンが止まらない。隣にいる私は止め方も分からず、あわあわするばかりだ。さらには、菓子の名前を尋ねているうちに、なんと、おじさんが急に歌いだしたのだ。スフォリアテッレの唄で、子どもでも口ずさめそうな簡単な節だが、オペラの世界に入り込んだようだった。小さな菓子の味見も、勢いのまま次々とくれる。

なんなんだ、この勢いは。

いかにも南イタリアらしくて、楽しい。

コンサートとともに、ノートは菓子の名前で埋まっていく。

2010.05.02 ナポリ

いまそのページを見返すと、左の端に縦に名前が並んでいる。いちばん上は、CASSATINE。小さなカッサータのことだ。

あの朝の、重たくてデカい一皿の小さな仲間が、ナポリのショーケースにも並んでいた。けれど、その他、崩れたアルファベットは、私にはなかなか読めなかった。ただ、ナポリの空気はその一ページに刻まれている。

その夜、寝台列車でナポリを発ち北イタリアへ向かった。この10日足らずで、夜行の移動は3度目になる。それでもまだ、胸が弾んでいる。

次の町には、どんな菓子があるのだろう。

この旅の道のり

  1. 2010.04.24ローマ(イタリア)
  2. 2010.04.25ローマ→アルバーノ・ラツィアーレ→ローマ(イタリア)
  3. 2010.04.25ローマ→パレルモ(イタリア、寝台列車)
  4. 2010.04.26パレルモ(イタリア・シチリア)
  5. 2010.04.27パレルモ→マルサラ(イタリア・シチリア、バス2時間半)
  6. 2010.04.28パレルモ(イタリア・シチリア)
  7. 2010.04.29パレルモ→トラパニ→パレルモ(イタリア・シチリア、バス)
  8. 2010.04.29パレルモ→ナポリ(イタリア、夜行フェリー)
  9. 2010.04.30ナポリ(イタリア)
  10. 2010.05.01ナポリ→ポンペイ→ナポリ(イタリア)
  11. 2010.05.02ナポリ(イタリア)
  12. 2010.05.02ナポリ→モデナ(イタリア、寝台列車)

この回に出てきた郷土菓子

  • カッサータイタリア・パレルモ

    緑の衣(マジパン)でくるみ、砂糖漬けの果物を大胆にのせたシチリアの菓子。中はリコッタチーズのクリーム

  • スフォリアテッレイタリア・ナポリ

    貝殻の形をした、焼いた皮がびっくりするほどパリパリの菓子

  • ブッチェッラートイタリア・パレルモ

    輪の形をした大きな焼き菓子

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