旅 2010.05
タルト・タタンの町
フランス 2010年5月
5月15日、朝9時。会場に、さまざまな衣装の人が集まってきた。帽子からエスカルゴを下げた一団がいる。ピンクの服に大きな水玉を散らした、トリュフの一団もいる。楽器の隊を先頭に、私たちもその後ろについて町を歩きはじめた。
私服なのは、日本から来た3人だけ。祇園祭に紛れ込んだ外国人観光客のような気分になる。とはいえ、沿道に人だかりがあるわけでもない。小さな町の、知っている者どうしの行進である。ここはラモット=ブーヴロン。タルト・タタン(tarte Tatin)が生まれた町だ。
リンゴをキャラメル色に炊いて生地をかぶせ、焼いてからひっくり返す、あの菓子である。この祭りに出ることが、ここへ来たいちばんの目的だった。連れは2人いる。パリで落ち合った当時の恋人と、その友人の Nanae Hassaku さんだ。
祭りのことを教えてくれたのも、タルト・タタン協会に話を通しておいてくれたのも恋人だった。Hassaku さんはパリで広告のデザイナーをしながら暮らしていて、フランス語が分かる。のちに、郷土菓子研究社のパッケージに絵を描いてくれることになる人だ。
5月11日、パリ。祭りの4日前である。恋人が探してくれたウィークリーのアパルトマンは、店の多い界隈にあった。少し道に出れば、Pierre Hermé も Ladurée も近所だ。
郷土菓子ではなかったが、この日食べた Pierre Hermé のケーキは本当にうまかった。リンゴのを詰めたタルトと、イチゴとバナナのムース。どちらにも感動した。同じ日に入った masmoudi は、壁まで明るい紫の、占い師の館のような店だった。ピスタチオの輪切りを1枚ずつ貼った小さな菓子が、丁寧すぎるほど丁寧に並んでいる。アラブの菓子だという。見た目は綺麗だったが、正直、口には合わなかった。それでも、私が生まれて初めて中東を感じた菓子屋は、パリのこの紫の店になった。
次の日、Hassaku さんと初めて会った。パリの街を紹介してもらい、Au Pied de Cochon という店へ豚足を食べに行く。豚足(pied de cochon)は、少し臭みはあるが、美味しい。白ワインがよく合う。
ただ、量が多すぎた。その夜、アパルトマンで寝ていると、ぱっと目が覚めた。豚足のにおいが、急に込み上げてくる。1秒で、トイレに駆け込んだ。
危うくパリのアパルトマンを汚すところだった……。
その次の日に入った老舗カフェの Les Deux Magots は、思い描いたとおりの店だった。店構えも、店の人の物腰も、パリの老舗の風格をしている。その晩は、豚のすねのぶつ切りを煮込んだ(choucroute)。とてもうまいのに、前の晩の悪夢がよみがえって、調子良く食べられない。
5月14日、3人でパリからラモット=ブーヴロンへ移った。駅を降りると、目の前にホテル・タタンが建っている。京都にいた頃から、写真で何度も見てきた建物だ。昔ながらの、気取らないホテルである。町は小さい。スーパーは一つきり。駅前から1キロほどの道に店が並び、その先には何もない。パリの騒々しさが消えて、気持ちがすっと安らいだ。
歩いてみて、驚いた。パティスリーは5軒ほど。その全部に、タルト・タタンが並んでいる。ピッツェリアにまで置いてあった。ただ、ほとんどは焼きが浅く、正直なところ、おいしそうには見えない。うまそうなのは、一つだけ。表面のキャラメルが香ばしい色をしていて、中まで色が回っている。
買って食べてみると、キャラメルが内側までしっかり染みていた。焼き色の薄いタタンが並ぶなかで、やっぱり、ここまで焼いたものがうまい。
この町のタタンは、自慢の看板というより、惣菜屋のひじきのように、どこにでもある当たり前の顔をしている。
夜はホテル・タタンのレストランで食べた。腸の腸詰め(andouillette、刻んだ腸を腸に詰めたソーセージ)はずっと食べたかったフランス料理で、におうと聞いていたとおりのにおいがする。牛の頭の煮込み(tête de veau)はゼラチンがぶりぶりで、私と Hassaku さんは、ここでダウンした。2日前の晩は豚足、前の晩はシュークルート。胃はもう疲れていたのだと思う。最後に3人で、タルト・タタンを一つ分けた。
そして祭りの日。行進を終え、500メートルほど歩いて会場に戻ると、60人ほどが席に着いた。タルト・タタン協会は、菓子屋の組合ではない。この菓子が好きな人たちの集まりで、フランスには食べ物ごとにこうした会があるらしい。行進していたのは、そういう会の人たちだった。見たところ50代、60代から上の人ばかりで、日本から来た3人は、孫のようにかわいがってもらう。
名前を呼ばれると、ステージに上がった。タタンを食べ、白ワインを飲み、呪文とともに謎の棒を肩にそっと当てられる。そのあとに誓いがあり、メダルが渡され、署名をする。誓いの言葉が何なのかは、フランス語のまま分からない。葬式で子どもが前の人の焼香を真似るように、私はただ見よう見まねでなぞった。
3人の分のメダルは、協会と連絡を取ってくれていた恋人が、代表して受け取った。恋人も Hassaku さんも、同じ顔で同じようになぞっている。この町とは縁もゆかりもない3人が、その場で仲間として扱われていた。
儀式が終わると、ランチが始まる。これが、ゆーっくり進む。途中でオルゴールが鳴り、合唱が入り、バンドの演奏が始まって、ダンスの社交時間になった。私は踊れず、呆然と見ていた。この日いちばんこたえたのは、このダンスの時間だ。
みんな、飲んで、歌って、踊っている。
タルト・タタンは、そっちのけである。
最後に、ようやく主役が現れた。花火とシャンパンタワーとともに、タタンが運ばれてくる。菓子屋に並んでいるのと同じタタンが、手持ち花火のパチパチ燃える中を進んでくる。みなさんお待ちかねの、パーティー仕様のタルト・タタンだ。大勢に注目されるタタンがどこか照れ臭そうで、面白かった。
その夜は何も食べず、そのまま眠る。祭りに出られたのは、とてもよかった。
翌朝、協会のおじさんが車で迎えに来てくれた。祭りの場で、うちで作り方を教えよう、と誘ってくれた人だ。途中のスーパーで、材料を買う。リンゴは、黄色いゴールデン。発酵バターも、適当にかごへ入れる。生地は、スーパーの出来合いのものだ。勢いよくスーパーのカゴに入れる様子は、種類など何でもよさそうな雰囲気だった。
おじさんの家は、庭付きの一戸建てだった。庭には野菜がたくさん植わり、ガレージには立派なキャンピングカーがある。週末には、ここでパーティーが開かれるのだろう。
台所は、日本の家の台所より広い。初めて入るフランスの家に、私は少し浮かれていた。言葉は、Hassaku さんが通訳してくれる。
おじさんと私たちとで、一台ずつ焼くことになった。おじさんは、こちらの手元を興味深そうにのぞいている。おじさんは、リンゴを先にオーブンで30分焼いた。それから火にかけて、焦がしていく。しばらくすると、あやしい煙が上がってきた。おじさんを呼びに行く。
「ここから5分から10分、このまま置いておく」
完全に焦げてる……。これは、絶対に失敗だ。
おじさんは、何でもないような顔をしている。
「このやり方のほうが速いんだ」
自信満々である。生地をかぶせて、オーブンへ。焼き上がったタタンは、町のパティスリーで売られているものと同じ味がした。表面の焦げが強いタタンも、たしかに店に並んでいたのだ。この町では、これがいつものタタンなのだろう。
ここだけの話、私たちの一台も、なかなかのできだったと思うが、地元民にはどのように映っていたのだろうか。作り方は、家ごと、人ごとに少しずつ違っていい。そんな大らかさが、この町のタタンにはあった。
味よりも心に残ったのは、もてなしのほうだ。知らない外国人を家に上げ、台所を貸し、酒と昼食までごちそうしてくれる。食事の途中には夫婦が訪ねてきて、隣の町の駅まで車で送ってくれた。ホテル・タタンの人たちは、祭りに参加していなかった。協会とは、関わりがないらしい。
まさか、あんな感じの祭りだったとは……。
その日のノートの端には、参加できてすごくよかった、と書いたすぐあとに、そう続けている。いま振り返ると、あの町でタルト・タタンは、人が集まるための社交の道具でもあった。それがまた、面白い。
パリに戻ると、町の温度がまるで違った。夜に入ったムール貝の店は、塩が薄く、貝にも味がない。美味しいムール貝はスペインに期待しよう。
翌日、La Jacobine という店でタルト・タタンを食べた。2ミリのスライスがきれいに並び、しっかりされている。丁寧に炊いたキャラメルが全体に染みていて、見た目も美しい。いかにもパリのタタンという、洗練された姿をしていた。あれから今まで、これほどきれいなタタンには出会っていない。
生まれた町では、協会のおじさんが自分の台所でリンゴを焦がしていた。ここでは、同じ菓子が1分の隙もなく並んでいる。どちらがうまいか、という話ではない。同じ名前の菓子が、町によってこれほど別のものになる。
スペインへは、寝台列車で行くか、飛行機で行くか。3人で少し話し合った。旅の途中で飛行機に乗る。そんな考えは、それまでの私の中に無かったものだ。それだけで新鮮だった。結局、寝台にした。切符は、バルセロナまでの片道を3人分。
2人とは、バルセロナで別れることになっている。祭りでは日本から来た3人として迎えられ、おじさんの台所にも3人でお邪魔した。その3人の旅も、バルセロナまでだ。
5月20日の夜、列車は南へ走りだす。初めてのスペインだ。料理がおいしいことは、日本で食べて知っている。まだ知らない菓子も、きっとある。
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写真:林周作(2010年に撮影)
この旅の道のり
- 2010.05.11パリ
- 2010.05.12パリ
- 2010.05.13パリ
- 2010.05.14パリ→ラモット=ブーヴロン(フランス)
- 2010.05.15ラモット=ブーヴロン(フランス)
- 2010.05.16ラモット=ブーヴロン(フランス)
- 2010.05.16ラモット=ブーヴロン→オルレアン(車)→パリ
- 2010.05.17パリ
- 2010.05.18パリ
- 2010.05.19パリ
- 2010.05.20パリ→バルセロナ(スペイン、寝台)
この回に出てきた郷土菓子
タルト・タタン(tarte Tatin)
リンゴをキャラメル色に炊いて生地をかぶせ、焼いてからひっくり返す