キルシュがしたたる、ツークのトルテ
ツガー・キルシュトルテ
Zuger Kirschtorte[ˈtsʊɡər ˈkɪrʃˌtɔrtə]
- 発祥
- スイス・ツークSchweiz / Zug
- 分類
- ケーキ
- 主材料
- 卵白・アーモンド(またはヘーゼルナッツ)・砂糖・小麦粉・卵・バター・キルシュ
- 地方
- スイス中部 / ツーク州
- 記録
- 1件
- 期間
- 2010
- 図版
- 5点





定義
ツガー・キルシュトルテは、スイス中部の町ツークのケーキだ。真ん中は、キルシュのシロップをたっぷり吸わせたスポンジ。それを上下から、ナッツ入りのメレンゲを薄くかりっと焼いた生地(スイスではと呼ぶ)ではさみ、全体をキルシュの効いたバタークリームで包む。上は粉砂糖に菱形の格子模様、側面には焼いたアーモンド。名前の「キルシュ」は、サクランボを発酵させて蒸留したお酒のことだ。
由来
考えたのは、ツークの菓子職人ハインリヒ・ヘーン。1913年に駅の近くでカフェと菓子の店を開き、1915年、「ツガー・キルシュトルテ」の名で新聞に広告を出した。ツークは昔からサクランボとキルシュの土地で、店のあった界隈にはキルシュの蒸留所が並んでいた。考えたころのキルシュは香りづけ程度。いまのようにたっぷり使うのは、そのあとのことだ。
1923年、ルツェルンで開かれたスイス料理展に、ヘーンはこのトルテを出して入賞した。当時の業界紙が会場の様子を書いている。の台にツークの四つの景色を描いた飾りのトルテ。出口には、チーズの大きな塊ほどもある巨大なトルテ。その上には砂糖で作った菓子職人が立ち、キルシュの瓶をトルテに注いでいた。本当にキルシュが入っている、と見せるためだ。
評判が広がると、ほかの店も同じ名で作り始めた。1930年代、ヘーンは鉄道の雑誌に「名高いツガー・キルシュトルテは、考えた人の店でだけ」と広告を出し、ツークの時計塔を描いた商標をつけて、郵便で各地へ送った。1935年の旅行誌は、スイスの名物菓子の一番はじめにこのトルテを挙げている。1943年、ヘーンは店を主任の菓子職人ジャック・トライヒラーに譲った。その店トライヒラー(Treichler)は、いまも考案の店としてツークで続いている。
分布
いまは、ツーク州の十軒ほどの菓子屋やパン屋が作っている。ツーク州で作ったものだけが「ツガー・キルシュトルテ」の名を名乗れる、と国が2015年に決めた。使うキルシュも、ツーク州とリギ山のまわりで育ったサクランボから作る「ツガー・キルシュ」か「リギ・キルシュ」だけ。こちらも、その土地で作ったものだけがその名を名乗れる、と国が決めている。州の外の菓子屋は、この名前では売れなくなった。トルテが売れるおかげで、ツークらしい背の高いサクランボの木が手入れされるようになったという。
ツークの町のパン屋のショーケースでは、直径18センチ、6人分の丸ごとが、上に店のシールを貼って並んでいた。丸ごとの側面にも、焼いたアーモンドがびっしりと付いている。一人分に切り分けて、ラップで包んだものもある。
構造と製法
国の取り決めでは、真ん中のスポンジは厚さ2〜3センチ。砂糖と水を煮たシロップにキルシュを混ぜ、たっぷり吸わせる。直径20センチのトルテなら、吸わせるシロップはコップ2杯近く。その半分ほどが生のキルシュで、お酒の量の下限まで決まっている。スポンジはクリームですき間なく包み、キルシュが漏れないようにする。組み立ては手で行う。
クリームは、サクランボを思わせる薄いピンク色。色づけに使えるのは天然のものだけと決まっていて、いまはおもにビーツの汁。昔はラズベリーのシロップや赤いジャムを使った。上の格子模様は、ヘーンはパレットナイフを立てて押していた。いまは3センチおきに針金を張った枠で、一度に押す。食べるときは、かりっとした上の生地を波刃のナイフで先に切り、それからスポンジに刃を入れる。
ツークで買った一人分は、四角く切り分けたものだった。ラップを開けると、上は粉砂糖に菱形の格子、側面は焼いたアーモンド。真ん中のスポンジは、汁が滴るくらいキルシュのシロップを吸っていて、バタークリームにもキルシュがしっかり効いていた。
変種と周辺
名前のよく似たケーキに、ドイツのシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ(フランス語ではフォレ・ノワール)がある。こちらはココアのスポンジに、キルシュを効かせた生クリームと酸味のあるサクランボの実をはさみ、チョコレートの削りくずで覆う。ツークのものには、生クリームもサクランボの実も入らない。同じなのはキルシュだけだ。
スイスの中にも、キルシュトルテと呼ぶ菓子がほかに二つある。一つは、シュヴィーツやルツェルンのあたりの、生クリームで作るキルシュトルテ。キルシュを使い、スポンジをメレンゲではさむところはツークのものと似ているが、生クリームを二層はさむ、もう少し豪華な作りだ。もう一つは、スイスドイツ語の辞典に載っているほうで、サクランボの実をのせて焼く平たいタルトのこと。名前は同じでも、ツークのものとはまったく別の菓子だ。
供される場面
よく売れるのは、とクリスマス。遠くの人へ送る品でもあり、1930年代にはもう郵便で各地へ送られていた。お酒がたっぷり入っているので、冷やしておけば数日はもつ。1935年の旅行誌は「しっとりしたツガー・キルシュトルテは舌のごちそう(Eine saftige Zuger Kirschtorte ist eine Gaumenlabung)」と書いた。
記録から見えること
ツークで出会った1件は、考えた店ではなく、町のパン屋のものだった。それでも姿は国の取り決めどおりで、スポンジは汁が滴るほどキルシュを吸っていた。一軒の店から始まった菓子が、町の菓子屋がそろって作る菓子になっている。
文献の記録
| 年 | 記録 | 資料 |
|---|---|---|
| 1913 | ヘーンがツークの駅の近くにカフェと菓子の店を開く | スイスの料理遺産「Zuger Kirschtorte」(原文を開く) |
| 1915 | 「ツガー・キルシュトルテ」の名で初めて新聞に広告 | スイスの料理遺産「Zuger Kirschtorte」(原文を開く) |
| 1923 | ルツェルンのスイス料理展に出品。キルシュの瓶を注ぐ砂糖細工の職人をのせた巨大なトルテ。料理の部で第2等 | 『Schweizer Hotel-Revue』1923年6月14日・7月5日(原文を開く) |
| 1932 | 「名高いツガー・キルシュトルテは、考えた人の店でだけ」の広告。商標は青いリボンの時計塔 | 『SBB Revue』(原文を開く) |
| 1935 | 旅行誌が、スイスの名物菓子の一番はじめに挙げる | 『Die Schweiz』(原文を開く) |
| 1943 | ヘーンが店をジャック・トライヒラーに譲る | スイスの料理遺産「Zuger Kirschtorte」(原文を開く) |
| 2013 | ツガー・キルシュ/リギ・キルシュは、その土地で作ったものだけがその名を名乗れる、と国が決める | 連邦農業局の仕様書(原文を開く) |
| 2015 | ツーク州で作ったトルテだけがその名を名乗れる、と国が決める | 連邦農業局の仕様書(原文を開く) |
観察記録
| № | 年月 | 町 | 所見 | |
|---|---|---|---|---|
| 01 | 2010.05.08(手書きの旅日記・著者への聞き取り) | ツーク | 直径18cm・6人分の丸ごとが27フラン。一人分を買い、外のベンチで食べた。スポンジは汁が滴るほどキルシュのシロップを吸っていた | 手書きの旅日記・著者への聞き取り |
この菓子を買った店
- HOTZ & RUSTツーク・スイス2010.05.08
- Slastičarnica Monikaクロアチア2012.07.05
店名は写真の看板・値札・紙袋から起こしたもの。住所は写真に写っていたもの、または後から調べて確かめたもの。
この菓子に出会った旅
- 2010.0540年前の本の地図