郷土菓子

白い粉砂糖に焼き色の十字が残る、アーモンドのケーキ

タルタ・デ・サンティアゴ

Tarta de Santiago[ˈtaɾta ðe sanˈtjaɣo]

発祥
スペイン・サンティアゴ・デ・コンポステーラEspaña / Santiago de Compostela
分類
焼き菓子
主材料
アーモンド・砂糖・卵・レモンの皮・粉砂糖
地方
ガリシア / ガリシア州
記録
2件
期間
2010
図版
5点
マドリードサンティアゴ・デ・コンポステーラ
スペインサンティアゴ・デ・コンポステーラ
マドリードサンティアゴ・デ・コンポステーラ
スペインサンティアゴ・デ・コンポステーラ
白い皿にのった丸いケーキ。上一面に粉砂糖がかかり、真ん中に下が細くとがった十字の形だけ茶色い焼き色が見える
図1丸ごとのタルタ・デ・サンティアゴ。粉砂糖の真ん中に、下が剣の形の十字が焼き色のまま残る(2010年5月、バレンシアの菓子店で)
石の壁の浮き彫り。帆立貝の殻を背に、下が長い剣になった十字。その下に獅子と、ラテン語の銘
図2サンティアゴ騎士団の十字を刻んだ石の飾り。上と左右の端が花のように開き、下は剣になる。後ろに帆立貝、下に獅子。銘は PRINCIPIUM ORDINIS S. IACOBI(サンティアゴ騎士団のはじまり)。レオンのサン・マルコス修道院の正面写真:Lancastermerrin88/ウィキメディア・コモンズ(CC BY-SA 4.0)
銀色の台の上の、焼き色のついた丸いケーキ。上に、下が剣のようにとがった白い十字の紙がのっている
図3焼いて冷ましたタルトに、十字の型紙をのせたところ。この上から粉砂糖をふり、型紙を外すと十字だけが焼き色で残る写真:Katrin Morenz/ウィキメディア・コモンズ(Flickr から)(CC BY-SA 2.0)
アルミの小さな型に入った丸いケーキがたくさん並ぶ。どれも粉砂糖の上に同じ図柄の焼き色。手前に手書きの値札
図4同じ店のジェペルデタ。札は「Geperudeta de almendra y calabaza 2'00€ unidad」(アーモンドとカボチャ、1個2ユーロ)。粉砂糖の図柄は十字ではない(2010年5月、バレンシアの菓子店で)
白い皿と紙ナプキンの上に、粉砂糖のかかった三角のケーキの一切れと、濃い赤紫の飲み物の小さなグラス
図5三角に切った一切れ。濃い色の飲み物の小さなグラスと一緒に出てきた。切り口は黄色く、きめが細かい(2010年5月、バルセロナの夜の店で)

定義

タルタ・デ・サンティアゴは、スペイン北西、ガリシアのアーモンドのケーキだ。生地は挽いたアーモンドと砂糖と卵が中心で、小麦粉を入れない。丸く焼いて冷ましたら、十字の形に切った型紙を真ん中にのせ、上から粉砂糖をふる。型紙を外すと、白い面の真ん中に、十字の形だけが焼けた茶色のまま残っている。名前の「サンティアゴ」は、巡礼の町サンティアゴ・デ・コンポステーラのこと。

由来

町の名は、イエスの弟子の一人、聖ヤコブから来ている。聖ヤコブはスペイン語でサンティアゴ。その墓があるとされる町が、サンティアゴ・デ・コンポステーラだ。菓子の名は聖人を直接指すのではなく、町の名を通して聖人につながっている。古くは、ただ「アーモンドのタルト」と呼ばれていた。

ガリシアでは、アーモンドの木がほとんど育たない。中世の終わりごろから、地中海側の産地より船で運ばれてきた。砂糖と同じく値の張る材料で、貴族や裕福な聖職者の食卓に上った。サンティアゴの大学の診療所の帳簿にも、1577年に砂糖とアーモンドを買った記録がある。

作り方が分かる確かな記録は、1838年ごろにまとめられた手書きの菓子のノートだ。挽いたアーモンドに泡立てた卵白と卵黄、砂糖を混ぜ、小麦粉をひとさじ加えて、紙で作った四角い型で焼く。小さなスポンジ菓子だ。同じノートには、これによく似た、粉砂糖をかぶせた「アーモンドのタルト」もある。1893年にガリシアの港町フェロルで出た製菓書の「アーモンドのタルト」は、小麦粉とバターまで入れていた。いまの決まりでは、生地に小麦粉もバターも入れない。

十字を描き始めたのは、サンティアゴの菓子店 Casa Mora だと伝えられる。店の家族によれば、1924年、創業者のホセ・モラ・ソトが、店の名物のアーモンドのタルトに町の印の十字をあしらった。昔からの品に、ひと味違う趣を添えたかったのだという。これが当たって、町のほかの菓子店もすぐにまねたという。十字のタルトは、やがてガリシアじゅうに広まった。

分布

いまはガリシアじゅうの菓子店が作り、サンティアゴ・デ・コンポステーラの名物として知られる。ガリシア州で、決まった作り方で作ったものだけが「タルタ・デ・サンティアゴ」の名を名乗れる。聖ヤコブの墓をめざす巡礼がここ数十年で盛んになり、スペインの内外から訪れる人が増えて、菓子の名も外へ広まっていった。

名を名乗る決まりができたのは、2010年5月のこと。その同じ月に、ガリシアから遠く離れた地中海側の町で、この菓子に二度出会っている。バルセロナのスペイン料理の店では、頼むと三角に切った一切れが皿で出され、甘い赤ワインの小さなグラスが添えてあった。バレンシアの菓子店には、十字を描いた丸ごとが置かれていた。

構造と製法

アーモンドを生地の重さの3分の1より多く使う。名を名乗るための決まりの一つだ。アーモンドは脂の多い地中海の品種がよく使われ、細かく挽いて粉にする。砂糖と合わせ、卵を少しずつ加えてよく練る。香りづけに、レモンの皮や甘口のワイン、ブランデー、ガリシアの蒸留酒オルホ(orujo)を入れてもよい。丸い型に流し、180〜200度でおよそ30分。

十字は、聖ヤコブの名を掲げたの印で、町の象徴にもなっている。上と左右の端は百合の花のように開き、下は剣の刃のように細くとがる。粉砂糖をふるときにのせる型紙も、この形に切ったものだ。切り口は金色で、卵黄とアーモンドが香る。きめはふんわりとして、細かなざらつきがある。

バルセロナで出てきた一切れは、上を粉砂糖が覆い、縁にうっすら焼き色がのぞいていた。切り口は黄色く、きめが細かい。下に土台の生地は見えず、全体がアーモンドの生地でできていた。

変種と周辺

名を名乗れる作り方には、土台つきと土台なしの両方がある。土台つきは、型にパイ生地か、バターを使ったもろい生地を敷いてから、アーモンドの生地を流す。いまの決まりでは、バターを使うのは土台のほうで、上のアーモンドの生地には入れない。19世紀のノートは土台の上にアーモンドの生地をのせ、フェロルの製菓書は土台をやめて生地に小麦粉を混ぜた。土台を敷くか敷かないかは、いまもガリシアの菓子店によって分かれている。

バレンシアで丸ごとのタルタ・デ・サンティアゴを置いていた菓子店には、「ジェペルデタ(Geperudeta)」の札を立てた小さなケーキも並んでいた。アーモンドとカボチャで作る、一つ2ユーロのもの。上には粉砂糖の型紙の図柄があるが、形は十字ではない。ジェペルデタは、バレンシアの守護聖母の愛称だ。

マドリードサンティアゴ・デ・コンポステーラ
スペインサンティアゴ・デ・コンポステーラ

文献の記録

年記録資料
1838ごろ手書きの菓子のノートに、アーモンドの小さなスポンジ菓子と、粉砂糖をかぶせた「アーモンドのタルト」の作り方。いまの作り方に近い、いちばん古い記録レイバル『菓子のノート』
1893港町フェロルで出た製菓書に「アーモンドのタルト」。小麦粉とバターを入れ、上に粉砂糖をかぶせるメリン『砂糖菓子職人と焼き菓子職人』
1924サンティアゴの菓子店 Casa Mora が、アーモンドのタルトに十字を描き始めたと伝えられる(店の家族の話)スペイン官報(2006年)(原文を開く)
1996国の伝統の食べ物の目録に、ガリシアの菓子として載る『スペイン伝統産品目録』
2006ガリシアで作ったものだけが名を名乗れるように、という申し出を国が知らせるスペイン官報(原文を開く)
2008ガリシア州が、名を名乗るための作り方の決まりを改める。アーモンド・砂糖・卵の量と、十字の型紙が入るガリシア州の作り方の決まり(2008年版)(原文を開く)
2010ガリシア州で決まった作り方で作ったものだけが「タルタ・デ・サンティアゴ」を名乗れる、と EU が決めるEU の規則(2010年)(原文を開く)

観察記録

№年月町所見
012010.05.22(手書きの旅日記・著者への聞き取り)バルセロナスペイン料理の店で頼むと、三角に切った一切れが、甘い赤ワインの小さなグラスと一緒に皿で出た。上は粉砂糖、切り口は黄色く、きめが細かい。アーモンドがしっかりと、それでいてやさしく香る、シンプルな焼き菓子手書きの旅日記・著者への聞き取り
022010.05.27(手書きの旅日記・著者への聞き取り)バレンシア丸ごとのタルタ・デ・サンティアゴ。粉砂糖の真ん中に、焼き色のまま剣の形の十字。同じ店にアーモンドとカボチャのジェペルデタ(1個2ユーロ)手書きの旅日記・著者への聞き取り

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