教皇の名をもつ、ひと口のロールケーキ
ピオノノ
Pionono[pjoˈnono](スペイン語) / Pionono de Santa Fe(サンタフェのピオノノ)
- 発祥
- スペイン・サンタフェEspaña / Santa Fe (Granada)
- 分類
- 生菓子
- 主材料
- 卵・砂糖・小麦粉(スポンジ)・シロップ・卵黄のクリーム・シナモン
- 地方
- アンダルシア州 / グラナダ県サンタフェ
- 記録
- 2件
- 期間
- 2010
- 図版
- 7点







定義
ピオノノは、スペイン南部、グラナダの西隣の町サンタフェの小さな菓子だ。薄く焼いたスポンジを巻いて小さな筒にし、シロップをたっぷり含ませる。それを紙のカップに立て、上に卵黄のクリームをのせ、砂糖をふって焦がしたものだ。大きさは、ひと口かふた口。いまはサンタフェだけでなく、グラナダの町の菓子店にも並ぶ。
由来
名前は、19世紀のローマ教皇ピウス9世の、イタリア語の呼び名「ピオ・ノーノ(Pio Nono)」から来ている。ノーノは、イタリア語で「9番目」。スペイン語の辞典もこの教皇の名を語源に挙げ、フランスの揚げ菓子ペ・ド・ノンヌ(pet de nonne)の名がなまって、教皇の名に寄ったのかもしれない、とも書いている。
サンタフェの老舗 Casa Ysla は1897年の創業を名乗り、ピオノノの始まりをこう伝える。創業者のセフェリーノ・イスラ・ゴンサレスは、聖母マリアを深く信仰していた。そこで、「聖母マリアは、生まれたときから罪の汚れが無い」という教えを1854年に定めた教皇ピウス9世に敬意を表して、この菓子を考えたという。筒形の生地は教皇の体、紙のカップは白い僧衣、上の焦がしたクリームは頭にのせる小さな帽子。町の大通りには、いまセフェリーノの銅像が立っている。
ただ、ピオノノという菓子の名そのものは、店の話より40年ほど古い。マドリードの新聞広告が、「カディスから届いたばかりの、アンダルシアでピオノノと呼ばれる小さなパン菓子」を、都ではまだ新しい品として売り出している。ほどなく、マドリードの喜劇では食堂でデザートに「ピオノノを二つ」と頼む客が出てくる。クラリンの小説『ラ・レヘンタ』では、菓子店の窓の前で、子どもたちが「あれはピオノノだよ」と言い合う。
20世紀のはじめには、菓子店ならどこにでもある品のたとえにまで使われた。その名が、いつしかサンタフェの名物と結びつく。20世紀の半ばの小説には、甘く酔わせる「サンタフェのピオノノ(pionono de Santa Fe)」が出てくる。やがて観光の本が「この町の名物」と書き、料理書にもスポンジとクリームで作る「サンタフェのピオノノ」の作り方が載った。
分布
いまはサンタフェの何軒もの菓子店が作っていて、町の観光案内はそのうち6軒を挙げている。老舗の Casa Ysla は、サンタフェとグラナダの町の両方に店を出している。
サンタフェの Casa Ysla は、飾り気のない素朴な構えの店だ。盆いっぱいに並べたピオノノを、店の人が運んでいた。札には「CASA ysla 1897」、紙のカップにも店の名が刷ってある。その場で食べる一つは、白い皿にのせて出てきた。グラナダの町の菓子店 Olympia 21 にも、紙のカップに立てたピオノノが並んでいた。
構造と製法
作り方の要は、生地の扱いだ。薄いスポンジを焼き、クリームを塗って巻いてから、ひと口ほどの大きさに切り分ける。それを一つずつシロップに浸して、紙のカップに立てる。生地が芯までしっとりしているのは、このためだ。シロップは砂糖と水で作り、ラム酒などのお酒を加えることもある。仕上げにシナモンをふり、上にクリームを絞って、砂糖をかけて焦がす。
Casa Ysla のピオノノは、かじると断面に巻いた生地の渦巻きが見える。上はカスタードクリームで、表面の砂糖に焦げ目がつき、しゃりしゃりした歯ざわりが残る。その下のロール生地は、しっとりとしている。
変種と周辺
中南米にも「ピオノノ」はあるが、名前が同じ別の菓子だ。アルゼンチンやペルーなどでは、薄く焼いたスポンジの生地そのものをピオノノと呼び、店で生地だけを売っている。ドゥルセ・デ・レチェ(dulce de leche。牛乳と砂糖を煮詰めたクリーム)を巻いた甘いものもあれば、ハムやチーズを巻いた塩味のものもある。プエルトリコまで行くと、同じ名前がもう菓子ではなく、料理の名前になる。熟した料理用バナナを輪にして肉を詰め、衣をつけて揚げたものだ。
フィリピンでは、薄いスポンジに砂糖とバターを塗って巻いた小さなロールケーキを、ピオノノ(pianono とも書く)と呼ぶ。1937年の学術誌の調査では、マニラの家庭の献立にたびたび出てくる。中南米でも、ペルーのリマが舞台の1895年の小説に、菓子売りの売るピオノノが登場する。19世紀にスペインと中南米、フィリピンで広く使われた菓子の名が、それぞれの土地で別の菓子に付いたとみられる。
文献の記録
| 年 | 記録 | 資料 |
|---|---|---|
| 1846 | ピウス9世(イタリア語でピオ・ノーノ)が教皇になる(〜1878) | スペイン王立アカデミー『スペイン語辞典』「pionono」(原文を開く) |
| 1858 | マドリードの新聞広告に「カディスから届いた、アンダルシアでピオノノと呼ばれる小さなパン菓子」 | 『Diario oficial de avisos de Madrid』1858年3月18日 |
| 1870 | マドリードの喜劇で、食堂のデザートに「ピオノノを二つ」 | マカロ『Un amigo como hay muchos』(原文を開く) |
| 1884 | 菓子店の窓の前で、子どもたちが「あれはピオノノだ」と言い合う | クラリン『ラ・レヘンタ』第1巻第9章(原文を開く) |
| 1895 | リマが舞台の小説に、菓子売りのピオノノ | マット・デ・トゥルネル『Herencia』(原文を開く) |
| 1897 | 店によれば、Casa Ysla がサンタフェで創業 | Casa Ysla の説明(店の紙ナプキンと札にも「1897」) |
| 1903 | 「菓子店でピオノノが売られるのと同じように」と、どこにでもある品のたとえに | グアダラハラの新聞『La Región』262号(原文を開く) |
| 1937 | マニラの家庭の献立に「Sweet (pionono)」 | 『Philippine Journal of Science』62巻1号(原文を開く) |
| 1953 | 小説に、甘く酔わせる「サンタフェのピオノノ」 | フェルナンデス・フローレス『Frontera』 |
| 1964 | 観光の本が「この町の名物」と書き、料理書に「ピオノノ・デ・サンタフェ」の作り方 | 『España en paz』、『Manual de cocina』 |
| 1999 | サンタフェの大通りに、セフェリーノ・イスラの銅像 | スペインの公共彫刻の目録(原文を開く) |
観察記録
| № | 年月 | 町 | 所見 | |
|---|---|---|---|---|
| 01 | 2010.05.31(手書きの旅日記・著者への聞き取り) | グラナダ | 朝の菓子店のショーケースに、紙のカップに立てた小さな筒形のピオノノが、銀の盆いっぱいに並ぶ。上のクリームは焦げて照りがある。ここでも食べたとみられる | 手書きの旅日記・著者への聞き取り |
| 02 | 2010.05.31(手書きの旅日記・著者への聞き取り) | サンタフェ(グラナダ県) | 飾り気のない素朴な構えの店。店でピオノノを一つ。上はカスタードクリームに焦げた砂糖のしゃりしゃり、下は巻いたロール生地で、断面に渦巻き。生地はしっとりしていた。盆いっぱいのピオノノを店の人が運んでいた | 手書きの旅日記・著者への聞き取り |
この菓子を買った店
- Casa Yslaグラナダ・スペイン2010.05.31
- ASTORIAアレキパ・ペルー2019.11.20
店名は写真の看板・値札・紙袋から起こしたもの。住所は写真に写っていたもの、または後から調べて確かめたもの。
この菓子に出会った旅
- 2010.05朝のカフェ・コン・レチェ