郷土菓子

星形の型で背高く焼く、果物の入らない金色の菓子

パンドーロ

pandoro[ˌpanˈdɔro]

発祥
イタリア・ヴェローナItalia / Verona
分類
菓子パン
主材料
小麦粉・バター・卵・砂糖
地方
ヴェネト州 / ヴェローナ県
図版
3点
白い布の上のガラスの皿に、粉砂糖をふった背の高い菓子。縦の太い筋が並び、ひと切れ分が切り取られて、中の淡い黄色の生地が見える
図1粉砂糖をふったパンドーロ。側面に星の角が太い縦の筋になって並ぶ。ひと切れ切り取ったところから、中の生地が見える写真:Wittylama/ウィキメディア・コモンズ(CC BY-SA 4.0)
皿の上の菓子を真上から撮った写真。粉砂糖で白く、輪郭が八つの角の星形
図2上から見たパンドーロ。粉砂糖の下に、八つの角の星形が見える写真:Kuebi=Armin Kübelbeck/ウィキメディア・コモンズ(CC BY-SA 3.0)
古い証書。上にイタリア王国の紋章と「REGNO D'ITALIA」の飾り文字。中ほどに手書きで「Pandoro (dolce speciale)」
図31895年3月20日にローマの農工商省が出した、パンドーロの特許の証書。メレガッティが1894年10月14日の午後4時にヴェローナ県庁へ願い出たこと、題が「Pandoro (dolce speciale)」(パンドーロ〈特別な菓子〉)であること、期間が3年であることが書かれているイタリア王国 農工商省『Attestato di Privativa Industriale』1895年/ウィキメディア・コモンズ(メレガッティ社の写し)(パブリックドメイン)

定義

パンドーロ(pandoro)は、ヴェローナのクリスマスの菓子だ。パンのように発酵させ、バターをたっぷり使った生地を、八つの角の星形の型で背高く焼く。上へ行くほど細くなり、側面には星の角が太い縦の筋になって並ぶ。外側に硬い皮は無く、中は金色がかってやわらかい。ミラノのクリスマスの菓子パネットーネ(panettone)と違って、レーズンや果物の砂糖漬けは入れない。出すときに、バニラの香りの粉砂糖をふる。

名は、イタリア語で「金のパン」を意味するパン・ドーロ(pan d'oro)から来ている。19世紀の終わりに、ヴェローナの菓子店が売り出した。いまはイタリアじゅうで、クリスマスに食べられている。

由来

「金のパン」という言葉そのものは、この菓子より古い。19世紀のイタリア語の辞典に、すでに古い言い方として出てくるが、それはまったく別の料理の名前だ。小さく切ったパンをスープに浸し、溶き卵をからめて揚げたものをそう呼んだ。菓子の名前として辞典に載るのは1927年になってからで、「酵母でふくらませた、バターのとても多い菓子」とあり、ヴェネト地方のものと添えている。

売り出したのは、ヴェローナの菓子職人ドメニコ・メレガッティ(Domenico Melegatti、1844〜1914)だ。1894年の春、ポルタ・ボルサーリ通り(Corso Porta Borsari)にある父の代からの店の新聞広告で、新しい菓子を作ったと知らせている。おいしさと軽さ、日もち、形のよさから一番の菓子にふさわしいと考え、「パン・ドーロ」と名づけた、と。その年の10月には、この菓子の特許を国に願い出て、翌年、証書を受け取った。

似た菓子を作る職人は、ほかにもいた。誰が生みの親かで、法廷での争いにもなったという。1896年、町の風刺の週刊誌は、メレガッティの似顔絵に「パンドーロを発明した。菓子職人たちは腹立たしさに黙り込み、みなまねをしようとした」という詩を添えている。

初期の包み紙には、メレガッティ自身がこう書いている。最初のパンドーロが出たころ、その生地は人に教わったものだ、という噂が立った。そこで町の新聞3紙に、それを証明できた人には千リラ出すと載せたが、名のり出る人はいなかった。

確かな記録でたどれるのは、1894年の広告からだ。それより前については、いくつかの話が語られる。メレガッティの会社は、こう説明する。もとはレヴァ(levà)という発酵生地で、昔はクリスマス・イブの夜に、女たちが台所で作るならわしだった。それに卵とバターを増やして、作り変えたのだという。名は、金箔をのせた、かつてのヴェネツィア共和国の貴族の菓子から来た、とも語られる。

分布

1899年には、ヴェネツィアの新聞に「特許のパンドーロ」の広告が載っている。30日は新しいままだとうたい、イタリアのどこへでも送料込みで送る、とある。メレガッティはのちに、パネットーネの町ミラノにも店を出している。

州の伝統食品の記録では、作るのはヴェローナとその県内。一年の生産の半分が9月から12月に集まり、クリスマスの時期には、イタリアじゅうの菓子店や食料品店、スーパーに並ぶ。ポルタ・ボルサーリ通り21番地の、メレガッティの店があった建物の上には、パンドーロの形の石の飾りが二つ立っている。1930年代のはじめに建物を改装したときのものだ。

構造と製法

どんなものをパンドーロと呼んでよいかは、国の決まり(2005年の省令)が定めている。ふくらませるのは、パネットーネと同じ、酸味のある発酵種。小麦粉と水を発酵させて作る、パンのサワー種の仲間だ。必ず入れる材料は、小麦粉と砂糖、卵、バター、バニラ(バニリンでもよい)、塩。中は絹のようにやわらかく細かな気泡がそろい、バターとバニラが香ることも、その条件に挙がっている。

作り方は、時代とともに変わってきた。20世紀のはじめ、ミラノで菓子職人向けの手引き書が出た。そこに載る「ヴェローナのパン・ドーロ」は、パン酵母(イースト)でふくらませ、バターをパイ生地のように何層にも折り込んで、背の高い型で焼く。のちの版の挿絵には、縦の筋が並ぶ、上の平らな、裾の広い形が描かれている。いまの決まりでは発酵種が主で、パン酵母は少し足すだけ。

変種と周辺

ヴェローナには、同じ八つの角の星形で、ずっと背の低いクリスマスの菓子、ナダリン(nadalin)もある。1900年に出たヴェローナの方言の辞典は、ナダリンを「星の形をした甘い菓子で、とくにクリスマスのころに作る」と説明している。州の伝統食品の記録は、パンドーロはこのナダリンを背高くして生まれたと書く。

中に詰め物をしたり、上に糖衣(砂糖の衣)をかけたりしたものもある。パンドーロの生地が重さで半分以上あれば、加えたものを名に書き添えて「パンドーロ」として売ってよい。詰め物も糖衣も要らないという「純粋派」もいる。

供される場面

クリスマスと年越しの菓子だ。甘いワインや、辛口・甘口のスプマンテ(spumante。イタリアの発泡ワイン)と合わせて食べることが多い。ミラノのパネットーネと並ぶ、イタリアのクリスマスの代表で、好みは「パネットーネ派」と「パンドーロ派」に分かれる。

この冬、確かめたいこと

町の菓子店が自分で焼くパンドーロと、スーパーに並ぶ工場のものを、ヴェローナの人はどう呼び分け、どちらを買うのか。粉砂糖は店でふってから渡すのか、袋に付けて家でふるのか。背の高さや星の角の深さも、店ごとに違うはずだ。

何でふくらませるかは、資料によって分かれている。20世紀はじめの手引き書はパン酵母を使い、いまのイタリア語の辞典もそう書く。国の決まりは、酸味のある発酵種を求める。昔からの菓子店のパンドーロは、どちらでふくらませているのか。ナダリンとの関係を、ヴェローナの菓子店の人はどう語るのか。

文献の記録

年記録資料
1871「パン・ドーロ(pan d'oro)」は、小さく切ったパンをスープに浸し、溶き卵をからめて揚げたものの古い呼び名ニッコロ・トンマゼーオ、ベルナルド・ベッリーニ『イタリア語辞典』第3巻(トリノ、1871年)「Pane」の項(原文を開く)
1894メレガッティが、ポルタ・ボルサーリ通り21番地の店の新聞広告で、おいしさ・軽さ・日もち・形のよさを誇る新しい菓子を「Pan d'oro」と名づけたと知らせるメレガッティ社が公開する広告の写し(『ラレーナ』3月21・22日。日付と紙名は社の説明による)(原文を開く)
189410月14日の午後4時、メレガッティがヴェローナ県庁に「Pandoro (dolce speciale)」(パンドーロ〈特別な菓子〉)の名で特許を願い出る特許の証書(メレガッティ社のサイトにある写し。ウィキメディア・コモンズにもある)(原文を開く)
18953月20日、ローマの農工商省が3年の特許の証書を出す(権利は1894年12月31日から)。5月1日の官報の「3月に出した特許の一覧」にも載るイタリア王国官報 103号(1895年5月1日)(原文を開く)
1896ヴェローナの風刺の週刊誌が、メレガッティの似顔絵に「パンドーロを発明した。菓子職人たちは腹立たしさに黙り込み、みなまねをしようとした」という詩を添える『カン・ダ・ラ・スカーラ(Can da la Scala)』。メレガッティ社が公開する紙面の写し(日付の5月24日は社の説明による)(原文を開く)
1899「特許のパンドーロ」の広告。30日は新しいまま、イタリア全国へ送料込みで、1kg 4リラ、2kg 7リラ『ガッゼッタ・ディ・ヴェネツィア』1899年7月(原文を開く)
1907ミラノで出た菓子職人向けの手引き書に「ヴェローナのパン・ドーロ(Pan d'oro di Verona)」。パン酵母で3度に分けて仕込み、バターをパイ生地のように折り込んで、高い型で焼くジュゼッペ・チョッカ『現代の菓子職人と砂糖菓子職人(Il pasticciere e confettiere moderno)』(ミラノ、ヘープリ社)59頁(原文を開く)
1910年代はじめ包み紙に、メレガッティの言葉。最初のパンドーロが出たとき「生地は人に教わった」という噂を打ち消すため、証明できた者に千リラ出すと町の新聞3紙に載せたが、誰も来なかった。「30日は新しいまま」ともメレガッティ社が公開する初期の包み紙の写し(年は文面からの推定)(原文を開く)
1927辞典に初めて「Pandoro」が載る。「酵母の菓子、バターがとても多い(ヴェネト)」アルフレード・パンツィーニ『現代語辞典(Dizionario moderno)』第5版(ミラノ、ヘープリ社)(原文を開く)
1927チョッカの手引き書の第5版に、1907年とほぼ同じ作り方と挿絵(図58)。縦の筋が並ぶ、上の平らな、裾の広い形ジュゼッペ・チョッカ『現代の菓子職人と砂糖菓子職人』第5版 116〜117頁(原文を開く)
1930年代はじめメレガッティの店のあったポルタ・ボルサーリ通り21番地の建物を改装し、上にパンドーロの形の石の飾りを二つ置く『ラレーナ』2018年5月30日の記事「Turisti con il naso per aria per ammirare i «pandori»」(原文を開く)
2001国の伝統食品の目録(PAT)に、ヴェネト州の「pandoro di verona」が加わる農業林業政策省の省令(2001年5月8日)、官報136号付録147(2001年6月14日)(原文を開く)
2005国の省令が「パンドーロ」の名で売る菓子の形・材料・作り方を定める(7月22日)。酸味のある発酵種でふくらませ、断面が八つの角の星の円錐台に焼き、外に硬い皮が無いもの生産活動省と農業林業政策省の省令(2005年7月22日)、官報(一般編)177号(2005年8月1日)(原文を開く)
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