棒に焼き、切って焼き直す、かりっと乾いた菓子
フェッカス
Fekkas[fəqˈqasˤ](フランス語・英語の綴り。feqqas とも) / فقاص(アラビア語)
- 出会った町
- モロッコ・メクネスMaroc / Meknès
- 分類
- 焼き菓子
- 主材料
- 小麦粉・砂糖・アニスやごま(アーモンド・干しぶどうを入れるものも)
- 地方
- フェズ=メクネス地方 / メクネス県
- 期間
- 2010
- 図版
- 7点







定義
フェッカス(fekkas)は、モロッコの二度焼きの焼き菓子だ。生地を細長い棒にのばして焼き、冷めてから薄く切って、もう一度焼いて乾かす。1960年代に出たモロッコのアラビア語の辞典は、「小さく楕円形の、薄くかりっと焼いたビスケット。小麦粉・ごま・砂糖で作る」と書いている。香りづけはやごま、。いまはアーモンドや干しぶどうを混ぜたものも多い。
由来
フェッカスの名がいま確かめられるいちばん古い記録は、1892年に、モロッコ北端の港町タンジェで出たスペイン語とアラビア語の辞典にある。小麦粉に、バター、砂糖、シナモン、ごま、アニス、、バラ水を合わせた焼き菓子、という説明だ。
1913年には、ドイツの東洋学者がタンジェで聞き書きした風習の記録に、男の子の割礼の祝いの支度として出てくる。新しい服をあつらえ、フェッカスを作り、鶏と羊を買って、女たちを招くのだ。どちらの記録も形や焼き方は書いておらず、いまと違っていたとも、同じだったとも言えない。
いま読める記録で二度焼きの作り方が出てくるのは、1958年に出たゼット・ギノドーの『料理から見たフェズ』が最初だ。著者はフランス人で、1929年からフェズに住み、町の家々や近くの村の台所を20年かけて見て回った。その本で「フェッガス」と書かれた菓子は、イーストでふくらませた生地にアニスと乳香(マスティックの木の樹脂)、オレンジの花の水を加える。棒にのばして半分まで焼き、冷めたら輪切りにして、こんがりするまで焼き直すのだ。本は1958年でも、台所の人たちはそれより前からこの作り方を知っていた。
1973年には、アメリカの料理研究家ポーラ・ウルフェールが「昔ながらのフェッカスは二度焼く。モロッコでは、天板を二度、町の共同のかまどへ運ぶということ」と書いた。生地は家でこしらえ、焼くのは町のかまどに頼む。その習わしの中では、二度焼きは天板を二往復させる手間でもあった。
分布
いま読める古い記録は、北の港町タンジェ(1892年、1913年)と古都フェズ(1958年)のものだ。家で作られるだけでなく、菓子店にも並ぶ。1995年のミシュランの旅の案内書は、モロッコの菓子の欄に、ガゼルの角などと並べて「アーモンドのフェッカス」を挙げている。
2010年、古都メクネスの菓子店では、フランス風の生菓子やの菓子と同じ店に、アーモンドを混ぜて切った二度焼きの菓子が2皿並んでいた。フェッカスと同じ形の菓子で、持ち帰った一つはアニスとフェンネルが香る。
構造と製法
焼き上がりは乾いて固く、かりっとしている。ウルフェールが、歯の運動によいと書いたほどの固さだ。中身は時代で変わってきたが、棒に焼いて切り、焼き直すところは、1958年の本からいまの料理書まで変わらない。
メクネスの家庭の朝食に出たものは、細長い生地を薄く切った形で、アーモンドの粒は目立たない。同じ町の菓子店の品は、切り口にアーモンドがのぞき、生地には細かい黒い粒が散っていた。
変種と周辺
アーモンドや干しぶどうを入れたフェッカスは、1980年代から料理書や案内書に目立ってくる。1983年の料理書は、「アーモンドの小さな菓子」と「乾いた小さな菓子」の二つのフェッカスを並べた。2012年の料理書は、アニスとごまの昔ながらの型を「フェッカス・ベルディ(土地のフェッカス)」と呼んで分けている。
日本でもなじみのあるイタリアのビスコッティも、棒に焼いて切り分ける菓子だ。英語の料理書は、フェッカスを「モロッコのビスコッティ」とも呼ぶ。ビスコッティはビスコットの複数形で、もとはラテン語の「二度焼いた」という言葉。薄く切って焼き直し、水気を抜いて長くもたせるパンを指した。いまのイタリア語では、小麦粉と砂糖、油脂で作る焼き菓子全般をいう。
アーモンドを入れて棒に焼き、切り分ける固いものは、トスカーナではカントゥッチ(cantucci)と呼ぶ。その名は1691年の辞典に「切った形のビスケット」として初めて出るが、アーモンドは入っていない。アーモンドの入ったレシピは19世紀後半から。いまの「トスカーナのカントゥッチ」は、2016年に EU が決めた作り方で作ったものだけが名乗れ、切ったあとにもう一度焼くかどうかは選んでよい。フェッカスも、名前の記録は1892年、アーモンド入りは1980年代からで、同じように後から加わった。
ローマのあるラツィオ州のトッツェッティも、ヘーゼルナッツ入りの生地を棒に焼き、温かいうちに切って焼き直す。カタルーニャ州の資料によると、カルキニョリスは棒に焼いて冷める前に切るだけで、二度目は焼かない。これらとフェッカスのあいだで、名前や作り方が受け渡された記録は見つかっていない。
重なるのは、パンを二度焼いて長くもたせるという、地中海の両岸にあった古い知恵だ。その乾パンを、イタリアではビスコット、スペインではビスコチョと呼び、北アフリカではベシュマートと呼んだ。13世紀の記録にも「の人々はベシュマートと呼ぶ」とある。モロッコの焼き菓子の名は、このベシュマートがなまったものとみられる。
フェッカスの名は、そのどちらの流れにも入らない。同じ綴りのもとをもつモロッコの言葉に、「(卵を)割る」「(卵が)かえる」という意味の動詞がある。ただ、それを菓子の名と結びつけた資料は見つかっていない。
供される場面
食べるときは、ミントティーやコーヒーに浸す。ウルフェールは、サイコロ形に小さく切った似た菓子がフェッカスほど好まれないのは、茶に浸しにくいからだろうと書いた。日もちもよく、缶に入れておけば何カ月ももつと1958年の本は添えている。
メクネスのある家庭の朝食では、薄い生地を重ねて焼いたもの、三角のチーズ、丸いパン、ミントティーと並んで、薄く切ったフェッカスが出た。真ん中に黒い粒をのせた絞り出しの焼き菓子と、同じ皿に積まれていた。
文献の記録
| 年 | 記録 | 資料 |
|---|---|---|
| 1892 | タンジェで出た辞典に、小麦粉・バター・砂糖・シナモン・ごま・アニス・麝香・バラ水の焼き菓子として載る。形や焼き方は書いていない | レルチュンディ『モロッコ方言のスペイン語・アラビア語語彙』(原文を開く) |
| 1913 | タンジェの風習の聞き書きに、男の子の割礼の祝いに作る菓子として出る | カンプフマイヤーのフェズとタンジェの言葉の記録(原文を開く) |
| 1958 | フェズの家々の台所で集めた作り方に、二度焼きが出てくる。発酵させた生地を棒にして半分焼き、輪切りにして焼き直す。缶に入れれば何カ月ももつ | ギノドー『料理から見たフェズ』(原文を開く) |
| 1966 | 辞典に「小さく楕円形の、薄くかりっと焼いたビスケット。小麦粉・ごま・砂糖で作る」と載る | 『モロッコ・アラビア語辞典』(原文を開く) |
| 1973 | 昔は生地を家で作り、町の共同のかまどへ天板を二度運んで焼いてもらった。茶に浸して食べる | ウルフェールのモロッコ料理の本 |
| 1980 | モロッコの土地の菓子の一つとして、少し大きく厚いベジュマートと並べて挙がる | モロッコの民芸の本 |
| 1983 | アーモンド入りと、乾いた小さな菓子の、二つのフェッカスが載る | モロッコ料理の本 |
| 1995 | 旅行者向けに、モロッコの菓子として「アーモンドのフェッカス」が紹介される | ミシュランの旅の案内書 |
| 2010 | 英語の料理書が「モロッコのビスコッティ」と呼ぶ | 英語のモロッコ料理の本 |
| 2012 | アニスとごまの昔ながらの型を「土地のフェッカス」と呼んで、アーモンド入りと分ける | ケーラーのモロッコ料理の本 |
観察記録
| № | 年月 | 町 | 所見 | |
|---|---|---|---|---|
| 01 | 2010.06.03(手書きの旅日記) | メクネス | 薄い生地を重ねて焼いたもの、三角のチーズ、丸いパン、ミントティーと並んで、薄く切った細長いフェッカスが皿に積まれていた | 手書きの旅日記 |
| 02 | 2010.06.04(手書きの旅日記) | メクネス | 棚にアーモンドを混ぜて切った二度焼きの菓子が2皿。買った八つの一つが、アニスとフェンネルの香る同じ形の菓子 | 手書きの旅日記 |