薄い生地で巻いた、アーモンドの三日月
ガゼルの角
كعب غزال/Kaʿb ghzal[kʕab ɣzal](モロッコのアラビア語。カアブ・グザール) / Corne de gazelle(フランス語。コルヌ・ド・ガゼル)
- 出会った町
- モロッコ・テトゥアンMaroc / Tétouan
- 分類
- 焼き菓子
- 主材料
- 小麦粉・アーモンド・砂糖・バター・オレンジの花の水
- 地方
- モロッコ北部 / タンジェ=テトゥアン=アル・ホセイマ地方 テトゥアン州
- 期間
- 2010
- 図版
- 6点






定義
ガゼルの角は、モロッコの三日月形の焼き菓子だ。砂糖と一緒にいたアーモンドにで香りをつけ、ごく薄くのばした生地で一巻きして焼く。生地はもろく、歯ざわりはさくっとしている。アラビア語ではカアブ・グザール(kaʿb ghzal)、フランス語ではコルヌ・ド・ガゼル(corne de gazelle)と呼ばれる。
由来
アラビア語の名は、じつは「角」ではない。カアブは、かかとやくるぶしの骨のこと。カアブ・グザールは「ガゼルのかかと」という意味だ。モロッコのアラビア語の大きな辞典は、フランス語の「ガゼルの角」を「不正確な呼び名」と書いている。三日月の形を角に見立てたのは、フランス語のほうなのだ。
名前そのものは古い。13世紀のの料理書に、よく似た菓子が出てくる。名前も「カアブ・アル=ガザール」。砂糖とアーモンドをよく搗き、バラ水と香辛料で練って細い棒にし、薄くのばした生地で巻く。ここまではいまと同じだ。違うのは形で、長い棒のまま焼き皿に並べ、包丁で横に細かく切ってから焼いていた。書いたのは、いまのスペイン南東部のムルシアに生まれ、1247年に一家で北アフリカへ移った学者だ。
さらに古い記録もある。10世紀のバグダードの料理書には、アーモンドと砂糖の練り物を薄い生地で巻く菓子がある。名前は違うが、作りは近い。12世紀のコルドバの詩には、年の初めの市で「ガゼル」が売られる場面がある。訳者は動物の形の菓子とみているが、この菓子と同じものかは分からない。
フランス語の「ガゼルの角」は、作家ピエール・ロティの『モロッコにて』(1890年)に早くも登場する。フランスの使節団に加わって旅したロティは、1889年の春、古都メクネスのユダヤ人の大きな家に招かれた。決まりどおり3杯のミントティーを飲んだあとに出たのが、「ガゼルの角」と、すいかのジャム、いろいろな小さな飴。ロティは同じ本の前のほうで、モロッコの小さな菓子を「ガゼルのひづめ」とも書いている。どちらもカアブ・グザールを訳した呼び名とみられ、足の先を指す「ひづめ」のほうが、もとの「かかと」に近い。
1892年に、モロッコ北端の港町タンジェで出たスペイン語とアラビア語の辞典は、アーモンドと砂糖、などで作る三日月形の菓子を挙げている。名はカアブ(cááb)とだけ書かれ、モロッコ北部の町テトゥアンでよく作る、と添えてある。
テトゥアンは、のあと、アンダルスを追われた人々が建て直した町だ。この菓子がその人たちとともに海を渡ったのかどうかは、書いた記録が無く分からない。13世紀の料理書から19世紀の終わりまでのあいだの記録も、まだ見つかっていない。
分布
モロッコの菓子として知られるが、隣のアルジェリアやチュニジアにも同じ系統の菓子があり、名前や形は国によって違う。モロッコの中にも土地ごとの型がある。粉砂糖の衣を厚くかけた型は、首都ラバトや古都フェズ、北の町々のもの。北の港町タンジェでは、表に細かな模様を刻んだ型を婚礼のために作る。
北の町テトゥアンのでは、透明な袋をかぶせた盆に、白く細長い菓子ばかりが山になっていた。白い衣に模様を刻んだもので、北の町の型とみられる。
構造と製法
中身は、アーモンドを砂糖と一緒に搗いた練り物。オレンジの花の水のほか、バラ水やシナモンで香りをつけることもある。1958年にフェズの家庭料理を書きとめた本によれば、生地は、めん棒でのばしたあと、手で引きのばして、厚紙ほどの薄さにしたもの。そこへ棒にした練り物をのせて一巻きし、三日月の形に曲げる。熱いかまどで薄く色づくまで焼き、ふくらみすぎたら針で刺すという。
スークで一つ1で売られていた白い菓子は、三日月というより、少しそった細長い形だった。に似ている。白い衣の上に斜めの刻み模様が入り、欠けた端からは、薄茶色のアーモンドの練り物が見えていた。
変種と周辺
ふつうの型は、生地の焼き色のままの三日月だ。粉砂糖の衣をかけた型は、生地がやや厚めで、焼いたあと衣で白く包む。タンジェの婚礼の型は、表に細かな模様を刻んで仕上げる。
同じスークの盆には、三日月形の菓子がもう一つあった。こちらは刻んだアーモンドをまぶした、ほろほろのクッキー。薄い生地の皮は無い。三日月の形をしていても、ガゼルの角とは限らないのだ。
紙のカップに入った長方形の菓子も並んでいた。薄い生地でアーモンドの詰め物を巻き、上にアーモンドの薄切りをのせたものだ。外は薄い生地が2、3層重なってぱりぱりとし、中はしっとりとしたアーモンド。名前は分からないが、生地でアーモンドを巻くところはガゼルの角と同じだ。
スペインやイタリアの古い料理書にも、アーモンドの練り物を生地で包む菓子が出てくる。1460年代のイタリアの料理書では、砂糖とバラ水でこねた生地でラヴィオリのように包み、彫った木型で押してから焼く。1525年にトレドで出たスペイン語の料理書では、卵とバターの薄い生地で包んで揚げ、蜂蜜と砂糖、シナモンをかける。どちらも中身は、アーモンドに同じ重さの砂糖を加えて搗き、バラ水で練ったもの。と同じ配合だ。
ただ、これらの菓子とガゼルの角をじかに結ぶ記録は無い。共通するのは中身の練り物の配合で、それはヨーロッパの料理書より先に、アラビア語の料理書に出てくる。13世紀のアンダルスの料理書では、この練り物で果物の形の細工菓子も作る。ヨーロッパの記録に、マジパンの名で出てくるのは14世紀からだ。
スペイン語のクエルノス・デ・ガセラ(cuernos de gacela)も、イタリア語のコルナ・ディ・ガッツェッラ(corna di gazzella)も、北アフリカの菓子を指す訳名だ。スペイン語では、1890年にロティの旅行記を訳して載せた雑誌に、フランス語のとおり「ガゼルの角」として出てくる。
供される場面
祝いの席に出す菓子だ。この13世紀の料理書を1981年に活字にした研究者は、ひと握りの人たちが特別なときにだけ口にする菓子だ、と書き添えている。タンジェの菓子職人は2018年に、「ガゼルの角のない婚礼は無い」と話している。
客をもてなすミントティーにも添えられてきた。20世紀前半のフランス語の旅行記には、茶の席の菓子として繰り返し出てくる。1914年の旅行記では、マラケシュ近くの土地の長が、の菓子と一緒に大きな盆にのせて茶をふるまっている。
文献の記録
| 年 | 記録 | 資料 |
|---|---|---|
| 13世紀 | アンダルスの料理書に、この名の菓子。アーモンドの詰め物を生地で巻くのは同じで、形は長い棒を切ったもの | イブン・ラズィーン・アッ=トゥジービーの料理書(原文を開く) |
| 1889 | フランス語の「ガゼルの角」の早い例。メクネスの家で、ミントティーのあとに出された。同じ本に「ガゼルのひづめ」とも | ロティ『モロッコにて』(原文を開く) |
| 1890 | スペイン語の「クエルノス・デ・ガセラ」の早い例。ロティの旅行記の翻訳に | 雑誌『ラ・イルストラシオン・エスパニョーラ・イ・アメリカーナ』(原文を開く) |
| 1892 | タンジェで出た辞典に、アーモンド・砂糖・麝香の三日月形の菓子カアブ。「テトゥアンでよく用いる」 | レルチュンディ『モロッコ方言のスペイン語・アラビア語語彙』(原文を開く) |
| 1914 | 客をもてなす茶の菓子だったことが分かる。アニスの菓子と一緒に、大きな盆で出された | マラケシュの旅行記(原文を開く) |
| 1918 | ラバトの自慢の菓子の一つに数えられている | ラバトの旅行記(原文を開く) |
| 1929 | 「砂糖で包んだアーモンドの練り物」という説明。白い衣の型を思わせる | 雑誌『ルヴュ・ド・パリ』(原文を開く) |
| 1958 | いまの作り方が書きとめられる。手で厚紙ほどにのばした生地で一巻きし、三日月の形に | フェズの家庭料理の本 |
観察記録
| № | 年月 | 町 | 所見 | |
|---|---|---|---|---|
| 01 | 2010.06.09(手書きの旅日記) | テトゥアン | 盆に白く細長い、刻み模様の菓子が山積み。1ディルハムの一つは、白い衣の下にアーモンドの練り物。店の若い人たちは名前を知らなかった | 手書きの旅日記 |