生地ですっぽり包む、くるみのキャラメル
エンガディナー・ヌストルテ
Engadiner Nusstorte[ɛŋɡaˈdiːnər ˈnʊsˌtɔrtə](ドイツ語) / Bündner Nusstorte(ドイツ語) / Tuorta da nuschs(ロマンシュ語)
- 発祥
- スイス・エンガディンSchweiz / Engadin
- 分類
- 焼き菓子
- 主材料
- 小麦粉・バター・砂糖・卵・くるみ・生クリーム・はちみつ
- 地方
- スイス南東部 / グラウビュンデン州
- 記録
- 2件
- 期間
- 2010
- 図版
- 4点




定義
エンガディナー・ヌストルテは、スイス南東、グラウビュンデン州の山あいの谷エンガディンの焼き菓子だ。バターをたっぷり使ったもろい生地で、底からふたまで全体を包み、中にはくるみのキャラメルを詰める。砂糖を焦がして生クリームでのばし、粗く刻んだくるみを混ぜたもので、はちみつを足す店も多い。州の名をとって、ビュンドナー・ヌストルテとも呼ぶ。「ヌス」はくるみのことだ。
由来
グラウビュンデンの山の谷は畑が少なく、人々は昔から外へ稼ぎに出た。エンガディンの人は15世紀にはもうヴェネツィアで菓子を作り、1704年には町の菓子店104軒のうち95軒を営んでいた。夜通し働くつらい仕事で、地元の人が避けたためだという。
1764年、ヴェネツィアは、オーストリア領のミラノと手を結んだグラウビュンデン(当時はまだスイスではなく、一つの独立した国)との同盟を打ち切る。およそ3000人が仕事を失い、職人たちはヨーロッパ各地の町へ散って店を開いた。稼いだお金で故郷に石の家を建て、夏になると谷へ帰ってくる彼らを、ロマンシュ語で「ランドゥリンス(つばめ)」と呼んだ。
南フランスのトゥールーズにも、エンガディンの町サメーダンから出た二つの家が1832年に開いた菓子店があった。20世紀のはじめの新聞広告は、この店の名物に「くるみの菓子(Gâteaux aux Noix)」を挙げている。トゥールーズの北は、フランス有数のくるみの産地だ。サメーダンの菓子職人ファウスト・プルトはこの店で働いたあと故郷に戻り、1920年代の後半に、エンガディンで初めてヌストルテを売り出したとされる。
1930年代の終わりには、雑誌が「よく包んで発送され、何カ月も日もちする」名物として紹介した。入手先はサメーダンのプルトの店だ。1950年代になるとグラウビュンデンの外でも作られ、スイスじゅうの店に並ぶようになった。
分布
いまはグラウビュンデンじゅうのパン屋や菓子屋が作り、州のいちばんの土産になっている。スイス各地の量販店にも並び、イタリア側の谷の菓子屋も「エンガディンのトルテ」の名で作る。材料のくるみは、標高の高いエンガディンでは寒くて育たず、いまも多くがカリフォルニアやフランスなどから運ばれてくる。
サンモリッツでは、坂道沿いの2軒の菓子屋で出会った。広場の店では皿にのせた一切れを食べ、さらに坂を上った店では箱入りを買った。上の店の窓には、丸ごとのヌストルテが大きさ順に並ぶ。
構造と製法
中身は、砂糖を低い温度でゆっくり溶かし、薄い金色まで焦がしてつくる。急いで高い温度にすると、苦みが出てしまう。生クリームを加えて固さを決め、多いほど中はやわらかい仕上がりに。くるみは、煎らずにそのまま混ぜる店もあれば、焦がした砂糖にくるみを入れて1〜3分火を通し、それから生クリームを加える作り方もある。型に生地を敷いて中身を詰め、生地のふたをかぶせて焼く。
生地は、エンガディンの昔からのバター菓子「フアチャ・グラッサ(Fuatscha grassa)」(バターをたっぷり使った、平たく丸い焼き菓子)に近い。中身がやわらかいか、キャラメル寄りかは店ごとに違い、どの店にも共通するのは、全体を包む生地と、粗く刻んだくるみの詰め物の二つだけだという。
サンモリッツで食べた一切れは、厚めの生地のあいだに、くるみをぎっしり抱えたキャラメルの層がはさまっていた。キャラメルは薄めで、焦がした香ばしさよりも甘さのほうが立っていた。上の生地には、小さな穴が点々と並んでいる。
変種と周辺
名前がよく似た「エンガディナー・トルテ」は、くるみを生地で包む菓子ではない。もろい生地の薄い台とバタークリームを重ね、アーモンドとはちみつのキャラメルでふたをする。1930年代にポントレジーナの菓子屋で生まれたといわれ、ヌストルテとよく取り違えられる。
フランスにも、よく似たくるみの菓子がある。1909年にパリで出た菓子職人向けの教科書の「くるみの菓子(Gâteau aux noix)」は、甘い生地で底とふたを包み、焦がした砂糖にくるみを混ぜて煮詰めた詰め物を入れたものだ。2カ月もち、焼きたてより数日おいたほうがおいしい、とまで書いてある。いまのヌストルテと違うのは、上をメレンゲの糖衣でおおうことと、生クリームではなく牛乳とバターで煮詰めることだ。ペリゴールのくるみのタルトのように、ふたをしないものもある。
供される場面
全体を生地で包んでいるので、とても日もちがいい。1960年代の雑誌に作り方を寄せた読者は「フィルムで包めば2、3カ月はもつ」と書き、台所の戸棚に2カ月置いてもおいしい、という作り手もいる。土地の人はたいてい家で焼き、店のものを土産に買うのは、おもに旅の人だ。世界じゅうへ送らせる人もいる。
記録から見えること
サンモリッツで出会った2件は、どちらも坂道沿いの古い菓子屋のものだった。一軒は皿で、一軒は箱で。山のリゾートで、旅の人が持ち帰る菓子として売られている。
文献の記録
| 年 | 記録 | 資料 |
|---|---|---|
| 1493 | ヴェネツィアの菓子職人の組合が、大勢のエンガディンの職人との競争を訴える | スイス歴史事典「ヴェネツィア」(原文を開く) |
| 1704 | ヴェネツィアの菓子店104軒のうち95軒が、グラウビュンデンから来た人の店 | スイス歴史事典「ヴェネツィア」(原文を開く) |
| 1766 | ヴェネツィアが同盟を打ち切り、およそ3000人のビュンデンの人が仕事を失う | Jegerlehner『ビュンデンとヴェネツィアの同盟の終わり』(1898)(原文を開く) |
| 1832 | サメーダン出の二つの家が、トゥールーズで菓子店を開く(店の1914年の広告による) | トゥールーズの小冊子の広告(1914)(原文を開く) |
| 1909 | パリの菓子職人の教科書に、ふた付き・焦がした砂糖とくるみの「くるみの菓子」。2カ月もつ | Darenne・Duval『Traité de pâtisserie moderne』(原文を開く) |
| 1913 | トゥールーズのその店の広告に「名物:くるみの菓子」 | 『Le Cri de Toulouse』(原文を開く) |
| 1939 | 「よく包んで発送され、何カ月も日もちする」名物として紹介。入手先はサメーダンのプルトの店 | 『Schweizer Spiegel』(原文を開く) |
| 1955 | 広告に「純バター、はちみつ、くるみが本物のもと」 | 『Schweizer Frauenblatt』(原文を開く) |
| 1962 | 食品検査で「日もちのする品」として扱われる | 『Mitteilungen aus dem Gebiete der Lebensmitteluntersuchung』(原文を開く) |
| 2013 | プルトの家の会社に「元祖」と名乗らないよう勧告 | スイス広告審査委員会の決定(原文を開く) |
観察記録
| № | 年月 | 町 | 所見 | |
|---|---|---|---|---|
| 01 | 2010.07.11(手書きの旅日記) | サンモリッツ | 広場の店で、皿にのせた一切れを食べた。キャラメルは薄めで甘みが残った | 手書きの旅日記 |
| 02 | 2010.07.11(手書きの旅日記) | サンモリッツ | 窓に丸ごとのヌストルテが大きさ順に並ぶ。箱入りを買い、ベンチで開けた | 手書きの旅日記 |
この菓子を買った店
- Slastičarnica Monikaクロアチア2012.07.05
店名は写真の看板・値札・紙袋から起こしたもの。住所は写真に写っていたもの、または後から調べて確かめたもの。