郷土菓子

生地ですっぽり包む、くるみのキャラメル

エンガディナー・ヌストルテ

Engadiner Nusstorte[ɛŋɡaˈdiːnər ˈnʊsˌtɔrtə](ドイツ語) / Bündner Nusstorte(ドイツ語) / Tuorta da nuschs(ロマンシュ語)

発祥
スイス・エンガディンSchweiz / Engadin
分類
焼き菓子
主材料
小麦粉・バター・砂糖・卵・くるみ・生クリーム・はちみつ
地方
スイス南東部 / グラウビュンデン州
記録
2件
期間
2010
図版
4点
ベルンサンモリッツ
スイスサンモリッツ
ベルンサンモリッツ
スイスサンモリッツ
HAUSER St. Moritz と書かれた皿に、三角に切った焼き菓子とフォーク。切り口に茶色いくるみの詰め物
図1皿にのった一切れ。厚めの生地のあいだに、くるみを抱えたキャラメルの層(2010年7月、サンモリッツの Hauser で)
古い白黒写真。壁に鍋や型が掛かった店先で、白い仕事着の職人たちが台を囲んで並ぶ。上に PATISSERIE HEINZ の看板
図21885年ごろの、トゥールーズの菓子店エンツ=テステルの職人たち。看板に「PATISSERIE HEINZ」写真:撮影者不明/ウィキメディア・コモンズ(CC BY-SA 3.0)
赤白の格子の布を敷いた窓辺に、丸く平たい焼き菓子が小さいものから大きいものまで並ぶ
図3ショーウィンドウに、丸ごとのヌストルテが大きさ順に並ぶ(2010年7月、サンモリッツの Hanselmann で)
白い背景に、丸く平たい焼き菓子。一切れ分が切り取られ、断面に茶色いキャラメルとくるみの層
図4丸ごとのヌストルテを切ったところ。ふたの縁を波形に押さえ、中にくるみのキャラメルがぎっしり詰まる写真:Alexander Klink/ウィキメディア・コモンズ(CC BY 3.0)

定義

エンガディナー・ヌストルテは、スイス南東、グラウビュンデン州の山あいの谷エンガディンの焼き菓子だ。バターをたっぷり使ったもろい生地で、底からふたまで全体を包み、中にはくるみのキャラメルを詰める。砂糖を焦がして生クリームでのばし、粗く刻んだくるみを混ぜたもので、はちみつを足す店も多い。州の名をとって、ビュンドナー・ヌストルテとも呼ぶ。「ヌス」はくるみのことだ。

由来

グラウビュンデンの山の谷は畑が少なく、人々は昔から外へ稼ぎに出た。エンガディンの人は15世紀にはもうヴェネツィアで菓子を作り、1704年には町の菓子店104軒のうち95軒を営んでいた。夜通し働くつらい仕事で、地元の人が避けたためだという。

1764年、ヴェネツィアは、オーストリア領のミラノと手を結んだグラウビュンデン(当時はまだスイスではなく、一つの独立した国)との同盟を打ち切る。およそ3000人が仕事を失い、職人たちはヨーロッパ各地の町へ散って店を開いた。稼いだお金で故郷に石の家を建て、夏になると谷へ帰ってくる彼らを、ロマンシュ語で「ランドゥリンス(つばめ)」と呼んだ。

南フランスのトゥールーズにも、エンガディンの町サメーダンから出た二つの家が1832年に開いた菓子店があった。20世紀のはじめの新聞広告は、この店の名物に「くるみの菓子(Gâteaux aux Noix)」を挙げている。トゥールーズの北は、フランス有数のくるみの産地だ。サメーダンの菓子職人ファウスト・プルトはこの店で働いたあと故郷に戻り、1920年代の後半に、エンガディンで初めてヌストルテを売り出したとされる。

1930年代の終わりには、雑誌が「よく包んで発送され、何カ月も日もちする」名物として紹介した。入手先はサメーダンのプルトの店だ。1950年代になるとグラウビュンデンの外でも作られ、スイスじゅうの店に並ぶようになった。

分布

いまはグラウビュンデンじゅうのパン屋や菓子屋が作り、州のいちばんの土産になっている。スイス各地の量販店にも並び、イタリア側の谷の菓子屋も「エンガディンのトルテ」の名で作る。材料のくるみは、標高の高いエンガディンでは寒くて育たず、いまも多くがカリフォルニアやフランスなどから運ばれてくる。

サンモリッツでは、坂道沿いの2軒の菓子屋で出会った。広場の店では皿にのせた一切れを食べ、さらに坂を上った店では箱入りを買った。上の店の窓には、丸ごとのヌストルテが大きさ順に並ぶ。

構造と製法

中身は、砂糖を低い温度でゆっくり溶かし、薄い金色まで焦がしてつくる。急いで高い温度にすると、苦みが出てしまう。生クリームを加えて固さを決め、多いほど中はやわらかい仕上がりに。くるみは、煎らずにそのまま混ぜる店もあれば、焦がした砂糖にくるみを入れて1〜3分火を通し、それから生クリームを加える作り方もある。型に生地を敷いて中身を詰め、生地のふたをかぶせて焼く。

生地は、エンガディンの昔からのバター菓子「フアチャ・グラッサ(Fuatscha grassa)」(バターをたっぷり使った、平たく丸い焼き菓子)に近い。中身がやわらかいか、キャラメル寄りかは店ごとに違い、どの店にも共通するのは、全体を包む生地と、粗く刻んだくるみの詰め物の二つだけだという。

サンモリッツで食べた一切れは、厚めの生地のあいだに、くるみをぎっしり抱えたキャラメルの層がはさまっていた。キャラメルは薄めで、焦がした香ばしさよりも甘さのほうが立っていた。上の生地には、小さな穴が点々と並んでいる。

変種と周辺

名前がよく似た「エンガディナー・トルテ」は、くるみを生地で包む菓子ではない。もろい生地の薄い台とバタークリームを重ね、アーモンドとはちみつのキャラメルでふたをする。1930年代にポントレジーナの菓子屋で生まれたといわれ、ヌストルテとよく取り違えられる。

フランスにも、よく似たくるみの菓子がある。1909年にパリで出た菓子職人向けの教科書の「くるみの菓子(Gâteau aux noix)」は、甘い生地で底とふたを包み、焦がした砂糖にくるみを混ぜて煮詰めた詰め物を入れたものだ。2カ月もち、焼きたてより数日おいたほうがおいしい、とまで書いてある。いまのヌストルテと違うのは、上をメレンゲの糖衣でおおうことと、生クリームではなく牛乳とバターで煮詰めることだ。ペリゴールのくるみのタルトのように、ふたをしないものもある。

供される場面

全体を生地で包んでいるので、とても日もちがいい。1960年代の雑誌に作り方を寄せた読者は「フィルムで包めば2、3カ月はもつ」と書き、台所の戸棚に2カ月置いてもおいしい、という作り手もいる。土地の人はたいてい家で焼き、店のものを土産に買うのは、おもに旅の人だ。世界じゅうへ送らせる人もいる。

記録から見えること

サンモリッツで出会った2件は、どちらも坂道沿いの古い菓子屋のものだった。一軒は皿で、一軒は箱で。山のリゾートで、旅の人が持ち帰る菓子として売られている。

ベルンサンモリッツ
スイスサンモリッツ

文献の記録

年記録資料
1493ヴェネツィアの菓子職人の組合が、大勢のエンガディンの職人との競争を訴えるスイス歴史事典「ヴェネツィア」(原文を開く)
1704ヴェネツィアの菓子店104軒のうち95軒が、グラウビュンデンから来た人の店スイス歴史事典「ヴェネツィア」(原文を開く)
1766ヴェネツィアが同盟を打ち切り、およそ3000人のビュンデンの人が仕事を失うJegerlehner『ビュンデンとヴェネツィアの同盟の終わり』(1898)(原文を開く)
1832サメーダン出の二つの家が、トゥールーズで菓子店を開く(店の1914年の広告による)トゥールーズの小冊子の広告(1914)(原文を開く)
1909パリの菓子職人の教科書に、ふた付き・焦がした砂糖とくるみの「くるみの菓子」。2カ月もつDarenne・Duval『Traité de pâtisserie moderne』(原文を開く)
1913トゥールーズのその店の広告に「名物:くるみの菓子」『Le Cri de Toulouse』(原文を開く)
1939「よく包んで発送され、何カ月も日もちする」名物として紹介。入手先はサメーダンのプルトの店『Schweizer Spiegel』(原文を開く)
1955広告に「純バター、はちみつ、くるみが本物のもと」『Schweizer Frauenblatt』(原文を開く)
1962食品検査で「日もちのする品」として扱われる『Mitteilungen aus dem Gebiete der Lebensmitteluntersuchung』(原文を開く)
2013プルトの家の会社に「元祖」と名乗らないよう勧告スイス広告審査委員会の決定(原文を開く)

観察記録

№年月町所見
012010.07.11(手書きの旅日記)サンモリッツ広場の店で、皿にのせた一切れを食べた。キャラメルは薄めで甘みが残った手書きの旅日記
022010.07.11(手書きの旅日記)サンモリッツ窓に丸ごとのヌストルテが大きさ順に並ぶ。箱入りを買い、ベンチで開けた手書きの旅日記

この菓子を買った店

  • Slastičarnica Monikaクロアチア2012.07.05

店名は写真の看板・値札・紙袋から起こしたもの。住所は写真に写っていたもの、または後から調べて確かめたもの。

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