郷土菓子

ラム酒を含ませた、ナポリのキノコ形

ババ

Babà[baˈba](イタリア語) / Babbà(ナポリ語) / Baba au rhum(フランス語)

発祥
イタリア・ナポリItalia / Napoli
分類
焼き菓子(発酵菓子)
主材料
小麦粉・卵・バター・砂糖・酵母・ラム酒
地方
カンパーニア州 / ナポリ県
記録
4件
期間
2010
図版
8点
ローマナポリ
イタリアナポリ
ローマナポリ
イタリアナポリ
ガラスの台の上に、つやのある茶色のキノコ形の菓子が一つ。青い値札が添えてある
図1ガラスの台にのった一人分のババ。頭がふくらんだキノコの形で、シロップを含んで表面がつやつやしている(2010年5月、ナポリの Scaturchio)
金属のトレイに、白い生クリームと赤い小さないちごをのせたババが並ぶ
図2店の人が持ってきたトレイ。ババに生クリームを絞り、野いちごを散らしてある(2010年5月、ナポリの Moccia)
ショーケースの中に、生クリームと赤い野いちごをのせた輪の形の大きな菓子。奥に小さなキノコ形の菓子が並ぶ
図3大きな輪の形に焼いたババ。上に生クリームと野いちご。奥には小さなキノコ形のものが積んである(2010年5月、ナポリの Attanasio)
ガラスの台に、溝の入った大きな輪の形の菓子がいくつも並ぶ。それぞれの上に小さな丸い菓子がのっている
図4菓子屋のショーケースに並ぶ、ホールケーキのように大きなババ。溝のある型で焼き、上に小さなババをのせている(2010年4月、ナポリ)
黄色と緑の箱に「Babà al Limoncello」の文字。隣に店の名前の入った紙
図5棚に置かれた「Babà al Limoncello(リモンチェッロのババ)」の箱。ラム酒の代わりにレモンの酒を使う(2010年5月、ナポリの Moccia)
白い布の上に、真ん中に穴のあいた小さな山形の焼き菓子。表面に溝があり、明るい色と茶色の生地が渦のように混ざっている
図6ポーランドのバプカ。溝のある型で焼いた「砂のバプカ(babka piaskowa)」で、プレーンとココアの生地が渦を巻いている(2012年1月、ヴロツワフの Piekarnia HERT)
切った焼き菓子の断面。黄色い生地と茶色の生地が大理石のように混ざり合っている
図7同じバプカを切ったところ。ババのようにシロップには浸さない(2012年1月、ヴロツワフ)
紙を敷いた皿に、緑の小さなカッサータ、カンノーロ、刻んだピスタチオをのせた小さな菓子。右にカフェラッテのグラス
図8バールのカウンターで、カフェラッテと一緒に。皿の右が小さなババ。左は小さなカッサータとカンノーロ(2010年4月、パレルモ)

定義

ババは、ラム酒入りのシロップをたっぷり含ませた、やわらかい発酵菓子だ。パンに近い生地を小さな筒形の型で焼くと、頭がふくらんでキノコのような形になる。ナポリでは町じゅうの菓子屋に並び、そのままのもののほか、生クリームやカスタードクリームをのせたもの、大きな輪の形に焼いたものまで、いろいろだ。名前はフランス語で、もとはポーランド語の「おばあさん」だとされる。

由来

フランスの菓子として生まれた。ポーランド語の baba は「おばあさん」の意味で、フランス語の辞典は、菓子の名はその姿が似ていることから来たと説明する。ポーランドにはいまも、と呼ぶの発酵菓子がある。フランス語でこの菓子の名前が読める最も古い記録は、18世紀の半ば、哲学者ディドロの手紙だ。

18世紀、フランス東部ロレーヌの宮廷に、ポーランドの王位を退いたスタニスワフという人がいた。ルイ15世の妃の父だ。この人がババをフランスに広めた、と19世紀の初めから言い伝えられてきた。ただ、王が生きていた18世紀の記録には出てこない。王に仕えた菓子長が残した本にも、ババは無い。乾いたクグロフ(穴のある型で焼くアルザスの発酵菓子)を酒で湿らせたのが始まりだとか、『千夜一夜』のアリババから名づけたとかいう話は、さらに後の時代に付け加わった。

ババの姿は、時代とともに変わっている。19世紀前半のババは、サフランとレーズン、の砂糖漬けを入れ、で香りをつけた大きな発酵菓子だった。赤みがかった焼き色が目印で、甘いワインを添えて食べた。ラム酒はまだ無い。焼いたあとにラム酒入りのシロップへ浸す作り方は、1850年代から記録にある。1870年代の菓子の本は、ワインを添える古い作り方を「昔のババ」、シロップに浸すものを「いまのババ」と呼び分けている。

イタリアへは、フランスの菓子として入った。イタリア語の料理書にババが出てくるのは、1854年のトリノの宮廷料理人の本が最初で、それもフランス式の大きなババだ。ナポリの記録は、意外と新しい。19世紀のナポリ語の辞典に、菓子のババは載っていない。ナポリの菓子として記録に現れるのは20世紀になってからで、ブルボン朝の貴族に仕えたフランス人の料理人が持ち込んだ、と州の資料は説明している。

分布

ナポリの菓子屋なら、どこにでもある。イタリア農業省がまとめた伝統食品の一覧にも、カンパーニア州の品として載っている。ナポリの言葉で「シ・ヌ・バッバ(si' nu babbà、あなたはババだ)」と言えば、人や物のよさをほめる言い回しになる。

ナポリだけの菓子というわけではない。ローマ近郊の小さな町のバールにもあり、パレルモのバールでは、朝のコーヒーと一緒に小さな一つが出てきた。パリの菓子店でも、エクレールと並ぶ定番として売られている。

ナポリの老舗では、ショーケースの目立つところに、大きな輪の形に焼いたババが置かれていた。生クリームを絞り、野いちごを散らしたもので、小さなキノコ形のものはその奥に並ぶ。この店の品書きにはババとサヴァランが並び、棚には漬けのババの箱もあった。

構造と製法

生地は、小麦粉に卵とバター、砂糖、塩、酵母を合わせたものだ。二度発酵させてから焼く。型には生地を半分ほどしか入れない。ふくらんで型からはみ出た部分が、あの頭になる。焼き上がりは乾いていて、そのままでは食べない。出す前に、レモンで香りをつけてラム酒を加えたシロップに浸し、芯までしみこませる。シロップを吸って、焼き上がりの二倍ほどにふくらむ。

同じ生地を輪の形の型で焼き、シロップを含ませて中央にクリームを盛ったものが、サヴァランだ。19世紀の半ばに、パリの証券取引所のそばにあった菓子店「ジュリアン」の兄弟が作ったとされ、名前は美食家ブリヤ=サヴァランから取った。19世紀の終わりの菓子職人は、この店のサヴァランのシロップを「菓子の世界でいちばん美しい発明」と書いている。

変種と周辺

ナポリでは、ラム酒の代わりにリモンチェッロを使ったババがある。瓶に詰めたものは、土産として広く売られている。南イタリアでは、ホールケーキのように大きく焼いたババもあり、切り分けて食べる。生クリームや果物、アマレーナ(黒っぽいさくらんぼの砂糖煮)をのせたものも多い。

フランスの古い料理書では、ババはクグロフの近い仲間として扱われていた。どちらも型で焼く発酵菓子で、ポーランドやドイツ語圏、アルザスとロレーヌにまたがる家族だ。ポーランドのバプカも同じ家族に入る。日本には「サバラン」の名で伝わり、洋菓子店の定番になった。国語辞典に載る最も古い用例は1950年代の終わりのものだ。

ポーランドのバプカは、いまも町のパン屋の品だ。ヴロツワフのパン屋では、溝のある型で焼いたバプカが、一つずつ包んで量り売りされていた。「砂のバプカ」と呼ぶ種類で、プレーンとココアの生地を混ぜて焼いてある。切ると大理石のような模様が出る。シロップに浸すババとは違い、焼いたままの姿で売られている。

供される場面

朝のバールから菓子屋のショーケースまで、一日じゅう目にする菓子だ。一人分の小さなものは、コーヒーと一緒に立って食べる。19世紀のパリでも、町の菓子屋は小さな型で焼いたババを売っていたと書かれている。大きな輪のババは、切り分けて何人かで食べる。

記録から見えること

4件の記録は、ローマ近郊の町のバール、パレルモのバール、ナポリの老舗、パリの菓子店と、場所が散らばっている。ナポリ以外では、小さな一つがほかの菓子と一緒に出てきた。ナポリでは、飾りをのせた大きなババがショーケースの前列に置かれ、品書きの先頭近くに名前があった。同じ菓子でも、ナポリでは店の看板になっている。

ローマナポリ
イタリアナポリ

文献の記録

年記録資料
1767フランス語で菓子の名 baba が出てくる、いちばん古い記録。哲学者ディドロの手紙に「シャンピニーから毎日ババが届く」フランス語の大辞典(TLFi)が引くディドロの手紙(原文を開く)
1805「サフラン入りの菓子。ポーランド王スタニスワフ1世がフランスに知らせた」。王の名と結びつけた最も古い活字。パリの名店として挙がるのはルジェの店グリモ・ド・ラ・レニエール『美食家年鑑』第3年(原文を開く)
1815サフラン、二種のレーズン、シトロンの砂糖漬け、マデイラ酒を入れた大きなババのレシピ。ラム酒は無いカレーム『パリの王室菓子職人』第1巻(原文を開く)
1835アカデミー・フランセーズの辞典に初めて載る。「コリント産のレーズンを混ぜた菓子の一種」『アカデミー・フランセーズ辞典』第6版(原文を開く)
1841ナポリ語の辞典に babà は「ひだ襟」の意味でだけ載る。菓子の意味はまだ無いプオーティ『ナポリ語・トスカーナ語 家庭語彙集』(原文を開く)
1854イタリア語の料理書で読める最も古いババ「ポーランド風ババ」。トリノの宮廷料理人による、フランス式の大きなババヴィアラルディ『料理と現代の菓子の論』(原文を開く)
1856焼いたあとに「少量のラム酒を入れたシロップに浸す」。浸すババの、いちばん古いレシピバイユー『現代の菓子職人』
1873「昔のババは甘いワインを添えて食べた。いまのババはシロップやリキュールに浸す」。サヴァランはジュリアン兄弟の手になると明記グッフェ『菓子の本』(原文を開く)
1895「名は『アリババと四十人の盗賊』から」「ババのシロップはラム酒だけ」。アリババ説の、いちばん古い例ラカム『菓子の歴史地理記念誌』(原文を開く)
1932アカデミー・フランセーズの辞典の定義に、初めてラム酒が入る『アカデミー・フランセーズ辞典』第8版(原文を開く)
2016イタリア農業省の伝統食品の一覧(第16次改訂)に、カンパーニア州の品として「Babà」イタリア農業省 伝統食品の一覧(P.A.T.)(原文を開く)

観察記録

№年月町所見
012010.04.25(手書きの旅日記)アルバーノ・ラツィアーレ(ローマ近郊)ジェラートのあとに頼んだ。日記には「cosi cosi(まあまあ)」とだけある手書きの旅日記
022010.04.26(手書きの旅日記)パレルモカフェラッテと一緒に、小さなカッサータ、カンノーロと並んで皿に出てきた小さなババ。上に刻んだピスタチオ手書きの旅日記
032010.05.02(手書きの旅日記)ナポリここでババを食べた。店の人が持ってきたトレイには、生クリームを絞って野いちごを散らしたババが並んでいた。棚に「Babà al Limoncello」の箱手書きの旅日記
042010.05.11(手書きの旅日記)パリ「店内は温かい空間が広がっていた。エクレール、ババ購入」手書きの旅日記

この菓子を買った店

  • Scaturchioナポリ・イタリア2010.05.02

店名は写真の看板・値札・紙袋から起こしたもの。住所は写真に写っていたもの、または後から調べて確かめたもの。

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